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JaSMIn通信特別記事No.21

2018.08.07

シャペロン療法


鳥取大学研究推進機構 難波栄二

1.ライソゾーム病とは

 ライソゾームは、細胞の中のごみ処理工場のような役割を担っています。ライソゾームの中には様々な分解酵素があり、不要になった蛋白、脂肪、糖などの基質を分解し、細胞の働きを保っています。ライソゾーム病では、この分解酵素が正常に作られないために基質の分解ができなくなり、細胞の働きが異常になってしまいます。ライソゾーム病には、この分解酵素の種類の違いにより、ムコ多糖症、ゴーシェ病、ニーマンピック病、GM1-ガングリオシドーシス、ファブリー病など30種類を超える病気が存在します。

 

 

2.ライソゾーム病の治療法

 ライソゾーム病に対しては、すでに患者に使われている酵素補充療法、造血幹細胞移植などに加えて、遺伝子治療など新しい治療法の開発が進められています。JaSMIn通信特別記事の中でも、No.1で奥山虎之先生がムコ多糖症の酵素補充療法について、No.9で大橋十也先生が遺伝子治療について、No.6でゴーシェ病の治療方法など、すでにいくつかの治療法が紹介されています。
 今回はゴーシェ病の中でも一部とりあげられていましたが、シャペロン療法についてお話します。

特別記事No.1「ムコ多糖症:治療の進歩と今後の課題」奥山虎之

特別記事No.6「ゴーシェ病:治療の進歩と今後の課題」成田綾

特別記事No.9「先天代謝異常症の遺伝子治療」大橋十也

 

3.シャペロン療法の原理

 ライソゾーム病の患者さんの中には分解酵素は作られるのですが、正常には働かない変異酵素を持っている場合があります。この変異酵素は、正常の分解酵素に比べてとても不安定なので、ゴルジ体を経てライソゾームへの輸送の段階で完全に分解してしまい、ライソゾームの中の基質を分解することができません。ところが、この変異酵素にシャペロン薬が結合すると、この変異酵素の構造が安定化しライソゾームへ輸送され、基質を分解できるようになります。これがシャペロン療法の原理で、変異酵素をうまく利用する治療法です(図)。

 

 

 変異酵素は正常酵素よりも酵素の分解能力が低く、シャペロン薬をもちいても正常と同じ酵素の活性にすることはできません。我々は、シャペロン薬によってこの酵素の活性が正常の10%を超えることを目標にしています。この根拠ですが、ライソゾーム病の多くは、分解酵素が正常の10%もあれば一生病気にならないと推測されています。つまり、正常の分解酵素の0~数%程度の変異酵素の働きしかないライソゾーム病の患者さんにシャペロン薬を投与して、その酵素の活性を正常の10%以上に活性化すれば十分な治療効果が期待できます。例え正常の10%に届かなくても、酵素活性が上昇すれば治療効果は得られます。しかし、このような原理なので、そもそも分解酵素がまったくできない患者さん、あるいはシャペロン薬がまったく効果のない変異酵素の場合には効果が期待できません。そのため、あらかじめ遺伝子検査などを行って、変異酵素の種類を同定し、この治療法の効果が見込まれるかどうかを確認することが必要です。ファブリー病では60 %以上の患者さんに効果が期待できるようです。我々が開発しているGM1-ガングリオシドーシスでも、半数以上の患者さんに効果が期待できます。
 すべての患者さんには使えないシャペロン療法ですが、酵素補充療法とは違って経口で投与できるメリットがあり、通院の負担が少なくなると考えられます。また、シャペロン薬は全身にくまなく運ばれるために、酵素補充療法では治療が難しい脳などの臓器への効果も期待できます。

 

4.ファブリー病のシャペロン療法

 シャペロン療法としては、ファブリー病のシャペロン療法(ガラフォルド)が世界で最初に開発されました。日本では2018年5月から、正式に患者さんに使えるにようになりました。隔日経口投与で治療できます。経口投与ですが、薬は全身に運ばれるので心臓、腎臓を含め効果があるようです。原理のところで述べたように、この薬を開始するためには、例え酵素活性で診断がついている場合でも、必ず遺伝子の検査を行って適応があるかどうかを確認しておくことが必要です。
 ちなみに、この薬は日本において1999年発表された研究(鈴木義之先生たち)を元に開発されたものです。

 

5.今後のシャペロン療法の開発について

 現段階では、シャペロン療法が使えるのはファブリー病だけですが、今後ゴーシェ病、ムコ多糖症など他のライソゾーム病に対しても開発が進むことが期待されています。
 我々はGM1-ガングリオシドーシスのシャペロン療法の開発を進めています。最初にNOEVというシャペロン薬を開発し、臨床応用を目指して研究を進めていたのですが、薬の合成が難しくてなかなか研究が進みませんでした。その後、他のいつくかのシャペロン候補の薬剤をみつけて、現在も開発を進めています。
 臨床研究は先になりますが、できるだけ早く患者さんへシャペロン薬が届けられるように頑張ってゆきます。

 

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JaSMIn通信特別記事No.21(難波先生)