COLUMN

JaSMInの取り組み

JaSMIn特別記事

JaSMIn通信特別記事No.6

2017.05.02

ゴーシェ病:治療の進歩と今後の課題

鳥取大学医学部 脳神経小児科
成田 綾

 

1.ゴーシェ病とは

 ゴーシェ病はライソゾーム病のひとつです。ライソゾームとは、細胞内のごみ処理・リサイクル工場のような細胞内小器官で、その内部には60種類以上の酵素が詰まっています。細胞内の老廃物などはライソゾームに運ばれ、これら酵素によって分解され、再利用されていくので、ライソゾームは私達の体のバランス(恒常性)を保つのに非常に重要な器官です(図1)。
 ライソゾーム病は、ライソゾームの中に含まれている酵素が1種類ないしは何種類かが生まれつき(先天的に)欠損・低下していることが原因で、老廃物などの分解が滞り、体中に不具合を来たす病気の総称です。
 ゴーシェ病は、ライソゾーム酵素である酸性β-グルコシダーゼの活性低下・欠損が原因で、糖脂質(グルコセレブロシド、グルコシルスフィンゴシンなど)がマクロファージなどの細網内系細胞に蓄積し、発症します。この蓄積は年齢を重ねるごとにどんどん進行しますので、生まれた直後ははっきりとした異常がない場合も、徐々に症状が明らかになっていきます(症状については次章で述べます)。日本では、ゴーシェ病の有病率は33万人に1人と推定されており、100~120名ほど患者さんがおられます。

 

 

2.ゴーシェ病の症状

 ゴーシェ病は酵素の欠損によって糖脂質が全身の細胞に蓄積します。症状は大きく分けると、

① 臓器の腫れ(肝臓や脾臓の腫大)

② 血液検査の異常(貧血、血小板減少症)

③ 骨症状(骨折、骨クリーゼなど)

④ 神経症状(けいれん、発達のおくれなど) があります。

①~③の症状は、程度の差はありますが、全ての患者さんに見られます。④の神経症状は患者さんによってある方とない方がおられます。神経症状を伴わない患者さんを非神経型(I型)、神経症状を伴う患者さんを神経型(II型:急性神経型、III型:亜急性神経型)と呼びます。それぞれの病型には重なる症状も多いため、はっきりと区別することが難しい患者さんも中にはおられます(図2、3)。


図2.ゴーシェ病Ⅰ型(非神経型)

 


図3.ゴーシェ病の神経症状

 

 世界的に見ると、欧米人では90%は非神経型(I型)の患者さんですが、日本では神経型の患者さんが約60%を占めることが分かっています(図4)。

 


図4.ゴーシェ病の病型別分布

 

3.診断法

 ゴーシェ病の診断は、血液(リンパ球、ろ紙血)や皮膚から得られた培養皮膚線維芽細胞を用いて酵素活性を測定し、酵素活性の低下を証明することでなされます。さらに遺伝子検査も診断を確定するために行われます。

 

4.治療

 ゴーシェ病の治療は大きく分けると、

① 酵素補充療法(ERT)

② 質合成抑制療法(SRT)

③ 対症療法 の3つになります。

現在、①または②に③を組み合わせるのが標準的な治療となっています(図5)。


図5.日本で承認されているゴーシェ病の治療法

 

 ① 酵素補充療法(ERT)は19年前に日本でも承認され、日本では全ての病型の患者さんに対して標準的に用いられている治療法です。先天的に欠損している酵素を人工的に合成し、それを点滴で体外から補う治療法です。ERTは神経症状以外には非常に効果的です。一方で、血液脳関門という脳のバリア機構のせいで、脳には入れません。そのため、神経症状には効果を発揮することができません。

 ② 基質合成抑制療法(SRT)は2年前に日本でも承認された治療法で、体にたまって症状を起こす糖脂質(グルコシルセラミド)が合成される経路をブロックすることで、症状の改善を目指す治療法です。SRTは内服薬で便利な反面、体質によってこの薬剤を分解する力に差が出てくるため、安全に投与をするためには、SRTによる治療を受ける前にこの体質を調べる検査(薬物代謝酵素CYP2D6の遺伝子多型検査)を行う必要があります。この検査はどこでも可能な検査ではなく、16歳以上が対象です。また、薬の飲み合わせが難しい薬でもありますので、SRTによる治療をご希望される方は、まずは主治医にご相談下さい。また、現在使用可能なSRTであるエリグルスタットはERTと同様、神経症状には効果が期待されません。

 ③ 対症療法とは、原因(酵素の先天的欠損と糖脂質の蓄積)に直接アプローチするのではなく、様々な症状に対して治療を行うことの総称です。骨折や骨クリーゼに対する整形外科的な治療や、けいれんに対する抗けいれん薬の内服、体のツッパリ(緊張)に対する緊張緩和、飲み込みが難しい場合の栄養療法(経鼻チューブや胃ろうからの栄養サポート)、呼吸サポートなど多岐にわたります。日本の患者さんは神経症状を有する方が比較的多くいらっしゃるため、この対症療法を組み合わせて治療を行っています。

 

5.これからの課題:脳を守る

 現在行われている治療法は、いずれも神経症状を根本的に治療するには至っていません。そのため、神経症状に対する治療法が研究されています。

 酵素製剤を頭の中に直接投与(脳室内投与や髄腔内投与)する治療法は、他のライソゾーム病(ムコ多糖症II型(ハンター症候群)や神経セロイドリポフスチノーシス(CLN2)、異染性白質ジストロフィー)で治験が開始されています。また、脳内に入っていけるように特殊な加工を施した酵素製剤の開発も他疾患で始まっています。これらの開発が、今後ゴーシェ病に対しても進むことが期待されます。

 また、基質合成抑制療法で、脳内に入っていく薬剤開発も進められており、今年から米国で神経型ゴーシェ病患さんを対象として、安全性を確かめる治験が開始されます。

 これらの治療に加えて、日本では世界に先駆けて薬理学的シャペロン療法(PCT)の研究が進められています。シャペロンとはフランス語で付き人や介添人を意味します。薬理学的シャペロンとは、体内で付き人的な働きをするような化合物のことを言います。薬理学的シャペロンは体の中で何の付き人をしているのでしょうか?実は、患者さんの体内で作られる酵素をサポートしています。患者さんの一部では、体内で多少の酵素を作ることができる方がおられます(注:多少の酵素が作れるか否かは遺伝子変異の型によって決まってくるため、全ての患者さんが作れるとは限りません)。しかし、その酵素は遺伝子異常(遺伝子変異)のために、せっかく作られても、うまく完成品になりきれず、不良品ということでどんどん体内で壊されていってしまいます。そのため、患者さんの体内では酵素活性は低下してしまいます。体の自己調整機能は非常に優れているため、ちょっとの不良品も見逃さず、どんどん壊してしまいますが、実は一部の不良品は酵素として働くには許容範囲内の品質のものもあります。そこで薬理学的シャペロン化合物を内服することで、このちょこっと不良品レベルの酵素たんぱくに結合して、完成品になることを助けます。つまり、もともと自分の体の中にある酵素たんぱくをシャペロン化合物で助けることで有効活用しようとするのが薬理学的シャペロン療法(PCT)です。

 私たちのグループではPCTの基礎研究に加えて、神経型の患者さんに対する臨床試験を行っており、神経症状に対する効果を報告しています。また、安全性など、様々な情報を集積中です。この治療法を日本全国、希望する全ての患者さんに届けるためには、今後、治験が必要となります。多くの場合、治験は製薬会社で行われますが、稀少疾患ではビジネスとして成立しにくいことから、なかなか開発が進みません。そこで私たちは、医師主導治験を実施するべく、現在準備を進めています。医師主導治験の開始にあたっては、JaSMInを通して情報発信をしていく予定ですので、ご確認頂けましたら幸いです。また、多くの患者さんに情報を届けるためには、一人でも多くの患者さんがJaSMInに登録頂くことが大切です。日本中の患者さんが登録にたどり着けるよう、ご協力をお願いいたします。

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.6(成田先生)