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JaSMIn通信特別記事No.63

作成日:2022.04.22

小児在宅医療と在宅酵素補充療法について

 

岐阜大学大学院医学系研究科小児科学

久保田 一生

 

1.はじめに

 医療的ケアとは自宅で家族等が日常的に行う気管切開部の管理、人工呼吸器の管理、痰の吸引、胃ろうや胃管からの経管栄養などの医療行為を指します。医療的ケアを必要とするお子さんのことを「医療的ケア児」と言います。近年、医療の進歩により小児の救命率が改善され、在宅で生活する医療的ケア児が増えてきています。医療的ケア児には重度の知的障害と身体障害を有する重症心身障害児者、脳性麻痺、筋ジストロフィー、染色体異常症など様々な疾患のお子さんがいます。先天代謝異常症のお子さんにも医療的ケアが必要な方がいらっしゃいます。そこで今回は、在宅医療と在宅酵素補充療法について述べたいと思います。

 

2.小児在宅医療とは

 在宅医療とは、通院が難しい患者さんに対して、それぞれの専門知識を持つ医療職が連携して患者さんの自宅に訪問して行う医療行為のことです。在宅医療の対象になるのは難病などで自宅療養が必要、なるべく自宅で過ごしたい、痰の吸引が多く必要などで通院が難しいといった患者さんです。また、医療職には医師、看護師、リハビリテーションを行う療法士、栄養士や薬剤師など様々な職種が含まれ、連携して診療に当たります。在宅医療は主に高齢者や末期がん患者を中心とした成人を対象として発展したものです。

 冒頭でも述べたように、医療的ケア児は増加しており、2020年の時点で全国に2万人以上、そのうち約5000人が在宅人工呼吸器を必要としており、さらに増加しています1)。このような医療的ケア児に対して在宅医療が必要になります。医療的ケア児が増えたのは、もともとNICU(新生児集中治療室)に長期入院している患者さんが増えて、常にNICUが満床であるために、緊急入院が必要な妊婦や新生児の入院ができなくなったことがきっかけです。また、NICUと家庭との二重生活を解消し、家族として一緒に暮らしたいという家族の願いも高まってきました。この問題解決のために、NICUから早く退院し、家族とともに家庭で暮らす動きが促進されて在宅移行することになりました。このように、小児在宅医療は高度医療を要する小児のNICUからの退院促進と家庭生活への移行を主な目的として推進されてきました。

 小児在宅医療の対象になる患者さんは様々ですが、重篤な基礎疾患を抱えていることが多いです。NICUから転出する児の基礎疾患としては先天異常、極低出生体重児、新生児仮死、染色体異常などがあります2)。先天代謝異常症でも在宅医療が必要となる疾患があります。特にライソゾーム病は進行性の疾患のため医療依存度が高くなることがあります。

 病院への移動が大変、感染に弱い、通院による家族の負担などがある時には訪問診療で定期的な診察を行う方が良いでしょうし、医療的ケア児が家族の一人として他の兄弟と一緒に過ごすこともできるようになります。また、昨今は新型コロナウイルス感染症の流行により、病院の受診を控えたい患者さんもいるでしょう。患者さんの近くで相談できて医療を提供できる在宅医療にはメリットがあると考えます。

 

 

3.在宅酵素補充療法について

 ライソゾーム病は、体の中でいらなくなった脂質や糖質を分解する細胞内小器官の一つであるライソゾームの中にある酵素の欠損や低下による遺伝性の病気です。この酵素が欠けると老廃物が体内にたまって病気になります。酵素補充療法は、欠けている酵素をお薬として点滴することで老廃物の分解を進めて、症状の改善や進行をおさえる治療法です。

 酵素補充療法はこれまで病院で行っていました。患者さんの中には、酵素製剤によって発熱、発疹、アナフィラキシーなどの投与関連反応を起こすことがある方がいるため、注意深い観察が必要なことがあります。一方で、安全に投与ができている患者さんもいます。

 酵素補充療法は一度の点滴による効果は一時的なので、2週間など定期的に数時間かかる点滴を生涯続ける必要があります。定期的な点滴のために、通院を続けることは負担が大きく、症状が進行して歩きにくくなったり寝たきりになったりするなど高度の障害がある患者さんでは、本人や保護者、介護者の負担はさらに大きいと思われます。

 また、呼吸器系の病気を合併する患者さんもいるため、新型コロナウイルス感染症のリスクは高いと考えられます。新型コロナウイルス感染症の流行に伴って、なるべく病院の受診を控えたいという患者さんもみられるようになりましたが、新型コロナウイルス流行下においても、酵素補充のために定期的な通院は必要です。

海外では、自宅で酵素補充療法を行う在宅酵素補充療法がすでに行われていましたが、日本でも2021年3月にライソゾーム病8疾患に対する11製剤の「保険医が投与することができる注射薬の対象薬剤への追加」が承認されました3)(表4))。これによって、医師の指示を受けた看護師による酵素製剤の投与が在宅で可能となりました。当院でも定期的に酵素補充療法に通院していたゴーシェ病の患者さんで、在宅酵素補充に移行してそのメリットを享受された患者さんがいますので次の項でご紹介いたします。

 

表 在宅酵素補充療法の対象となる酵素製剤 (文献4から引用)

 

4.事例紹介

 患者さんは3歳のゴーシェ病Ⅱ型の男の子です。第3子として生まれ、生まれた時は特に問題はありませんでした。生後5か月ごろから唾液がたまり、泣くとうがいをするようにごろごろとなり、むせたり顔色が悪くなったりすることが増えました。また、体重が増えにくくなったこともあり生後9か月で当院へ紹介となりました。

 斜視、肝臓や脾臓の腫れ、貧血や血小板の低下などがあり、詳しく調べたところゴーシェ病Ⅱ型であることが分かりました。1歳時に自宅で呼吸困難とけいれんがあり、救急車で病院に受診しました。呼吸管理のために気管切開をして、睡眠時は人工呼吸器を使用することになりました。また、飲み込む力もさらに弱くなっていたのでチューブを使って栄養をとるようになりました。この頃からゴーシェ病の治療として2週間に1回の酵素補充療法が始まりました。その後、状態が落ち着いたので2か月の入院治療を終えて、退院後の訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問診療など在宅医療の環境を整えて退院となりました。さらに2歳で胃ろうの手術をしました。

 在宅では訪問看護で状態観察と栄養、人工呼吸器の確認、気管内吸引などをみてもらい、訪問診療で定期的に診察をしてもらっていました。病院へは酵素補充療法、呼吸器の調整、状態観察などのために2週間に1回受診していました5)

 このように通院を続けていましたが、新型コロナウイルス感染症の流行で感染が心配、帰宅時間が遅くなるため家のことができない、待ち時間が長く児のストレスがたまる、荷物を運ぶのが大変、受診により児の生活リズムが崩れるなどの理由から、通院回数や病院の滞在時間をなるべく減らしたいとのことで在宅酵素補充療法の希望がありました。同時期に在宅酵素補充療法が認められたこともあり、在宅医の先生にお願いすることができました。以前は月に2回、酵素補充を含めて1日5〜6時間の通院時間だったのが、在宅酵素補充療法開始後は月に1回、3時間程度の通院時間になりました。そのほか、通院による新型コロナウイルス感染症罹患のリスクが減る、時間を気にしなくて良くなった、兄弟の世話をすることができる、生活リズムを整えることができる、家のことができるなどのメリットがあり、ご家族は非常に喜ばれていました5)

 

5.さいごに

 近年、医療の進歩により小児の救命率が改善され、急性期の治療後に生命と健康の維持のために様々な医療ケアや医療機器を必要となり、在宅で生活する医療的ケア児が増えてきています。さらに、新型コロナウイルス禍での生活は、不安や介護負担が増す生活となっています。子どもやその家族が自宅でよりよく過ごすために在宅医療や在宅酵素補充療法は非常に有用であると考えます。

 

 

参考文献

1) 土畠智幸. 小児科臨床. 74(6): 633-6, 2021

2) 田村正徳. 周産期医学. 50(4): 720-3, 2020

3) 中央社会保険医療協議会協議会総会(第475回).”保険医が投与することができる注射薬の対象薬剤への追加について” 厚生労働省. 令和3年2月10日.

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212500_00090.html(参照2022年4月7日)

4) JaSMIn. “ライソゾーム病8疾患に対する酵素製剤11製剤の「保険医が投与することができる注射薬の対象薬剤への追加」承認について”.

https://www.jasmin-mcbank.com/article/4783/(参照2022年4月7日)

5) 片岡知子. 障害支援研究. 第28号: 33-40, 2021

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.63(久保田先生)