リジン尿性蛋白不耐症の成人期の課題
秋田大学医学部附属病院小児科
野口 篤子
1.はじめに
「リジン尿性蛋白不耐症」という疾患についてお伝えします。先天代謝異常症の領域の治療が進歩し、この疾患もまた成人を迎える患者さんが増えつつあります。本当に喜ばしいことだと思います。一方で、成人になってから出やすい症状もいくつか知られています。今回は成人期の課題についてお話したいと思います。
リジン尿性蛋白不耐症については、過去の特別記事でも解説しております。
2.リジン尿性蛋白不耐症とは?
リジン・アルギニン・オルニチンという3つのアミノ酸の腸からの吸収が弱く、かつこの3つのアミノ酸が尿に大量にでてしまうことで、体内でこれらのアミノ酸が不足し、さまざまな症状があらわれます。リジン尿性蛋白不耐症の患者さんの尿には、この3つのアミノ酸が多量に排泄されています。特にリジンが尿中に多量にでることから「リジン尿性蛋白不耐症」とよばれています。
最近は新生児マススクリーニングで早期発見できる疾患が増えつつありますが、リジン尿性蛋白不耐症は、新生児スクリーニングの対象とはなっていません。
国内には未診断の患者さんもおられると思いますが、診断された方は多く見積もっても50名以下と推定されます。
3.小児期からつづく症状
典型的には乳幼児期に何らかの症状を呈します。成長期は高アンモニア血症発作を予防し、順調な発育と発達を得ることを目標に、お子さんも保護者様もお過ごしになっていることと思います。成人して体格が完成すると、以前よりは少し安定して生活を送れる反面、小児期から続いてみられる症状もあります。
(1) 高アンモニア血症による意識障害、けいれん、気分不快、嘔気嘔吐など
患者さんで不足する3つのアミノ酸のうち、アルギニンとオルニチンの2つは、体に有害な「アンモニア」の解毒回路である「尿素サイクル」の構成要素です(図)。これらが不足することによって、患者さんではアンモニアの解毒がしにくく、高アンモニア血症をきたします。アンモニアは脳にとって有害なもので、症状としては、気分が悪い、嘔気嘔吐、頭痛、めまい、けいれんなどの神経症状がみられます。
図 尿素サイクル
以前は、成人患者さんの約20%が知的障害をお持ちでした。最近は早期に治療開始される方が増え、ほぼ良好な神経学的予後が得られていますが、体調の変動によってはこれらの症状がでます。
(2) 「たんぱく嫌い」
食事からの蛋白質は、体内で最終的にアンモニアを産生し、さらに尿素(これは無害)となって体外へ排泄されます。前述のように、患者さんは「アンモニア→尿素」への変換が苦手ですので、蛋白質を多く含む食べ物を口にすると、体内のアンモニア濃度が高まり、体調を崩します。そのため多くの方は自然に高蛋白食品を避ける傾向があります。
実際には、8割の方が肉、魚、卵、乳製品を好まないと言われていますが、ときに「焼肉屋さんにも普通にいけます」「蛋白質が嫌だと思ったことはない」という方もいます。蛋白嫌いは成長と共に多少緩和される傾向にあります。薬物療法の併用もまた、症状の緩和に寄与しています。
(3) 低身長・低体重、骨折・骨粗鬆症
成人期も比較的小柄な方が多いですが、極度の低身長の方は稀です。小児期には成長ホルモンの治療を受ける方もおられます。2010年の全国調査によると、成人男性の平均身長は157.9(±9.0)cm、成人女性は147.4(±5.7)cmでした。骨密度は一貫して低めで、骨折を繰り返す方がいます。骨やコラーゲンの形成に関わるリジンが体内に不足すること、蛋白摂取が不十分となっている可能性があること、乳製品などからのカルシウム等も取りにくいことなどが理由として挙げられます。骨密度の維持のために、カルシウムやビタミンD、ビタミンKなどを食事から積極的に摂取することが望ましいです。骨折を繰り返す患者さんでは、ビタミンを処方してもらっている場合もあります。
4.成人期の症状
成人になってからは以下のような臓器の合併症の可能性があります。これらはお子さんでもでることがありますが、どちらかというと成人で多くみられます。
(1) 腎臓の症状
成人期には徐々に頻度が上がります。軽度の蛋白尿や血尿がみられることがありますが、多くは無症状で過ごされています。一方腎尿細管病変や糸球体腎炎も報告されています。中には腎機能が低下する場合がありますので、十分な観察が望まれます。
(2) 肺の症状
間質性肺炎、肺胞蛋白症等があります。無症状でも画像検査を行うと、肺の線維化を認めることがあります。これらの所見の診療上の難点は、標準的な治療を行っていたとしても、月単位や年単位で進行する患者さんがおられることです。成人で発症することが多いですが、どの年齢でも発症する可能性はあり、新規患者さんの初発症状のこともあります。発症の場合は、リジン尿性蛋白不耐症の普段の治療に加え、肺所見に対する治療を併用します。
(3) 免疫機能の異常・免疫疾患
これは成人に限らず小児でもたびたび認めています。あまり表立って言われることはありませんが、水痘(みずぼうそう)の重症化、ウイルス感染後の脳炎などの報告があります。ウイルス感染には十分注意しましょう。そのほか自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、抗リン脂質抗体症候群、自己免疫性肝炎、関節リウマチ、抗NMDAR脳炎)の合併報告があります。これらもまた、お子さんで発症されることもあります。その場合、個々の自己免疫疾患に対する治療を併用します。
また、まれに血球貪食リンパ組織球症 (Hemophagocytic lymphohistiocytosis; HLH)という病態を併発することがあります。発熱の持続に加え貧血や血小板の減少、骨髄での血球貪食所見、脾腫、検査所見の変動(フェリチンや中性脂肪の上昇、フィブリノゲンの低下等)をきたします。自然回復する例が多いようですが、重症化時にはステロイドや免疫グロブリンなどでの治療を行います。
なぜこれらの免疫異常が生じるのかはまだわかっていませんが、この疾患で障害されているy+L-LAT1蛋白には、単にアミノ酸を輸送するだけではなく、免疫機能に関わる役割も備わっているのではないか、と推測されています。
5.普段の生活について
食事療法および薬物療法・定期通院は継続しましょう。成人患者さんでは、小児期に比べると、体が成長した分体調も安定しやすく、かつご自身の体質もよく把握されていることと思います。しかし基本的にお酒、タバコはおすすめしていません。また、患者さんによっては疲れやすさを感じる方もおられると思います。軽い運動はまったく問題ありませんが重度の肉体労働は避けることが望ましいでしょう。
また感染症は、ときに上述の病態を増悪させるきっかけにもなります。各種ワクチンは済ませておくことをお勧めします。コロナ感染でリジン尿性蛋白不耐症患者さんが重症化したとの報告はまだないですが、予防は大切です。
妊娠においては、高アンモニア血症、貧血、妊娠中毒症および分娩時/産後出血などの合併症に注意します。妊娠時は血圧、血液検査、尿検査の評価、適切な食事療法の介入により、母体および新生児の健全な身体状態の確保が可能となります。国内にも無事に出産され元気に過ごされている方がおられます。
6.さいごに
そのほか、いわゆる生活習慣病・メタボリックシンドロームなど、大人だからこそ増えてくる病気にも注意します。
この疾患の患者さんの数自体はそれほど多いわけではありません。少ない情報の中でもよりよい健康管理を目指すべく、今後も患者さんと医療者が共に情報をもちより、話し合い、前進していけることを願っています。
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