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JaSMIn通信特別記事No.20

作成日:2018.07.02

リジン尿性蛋白不耐症


秋田大学小児科 野口篤子

1.はじめに

 今回の記事では、「リジン尿性蛋白不耐症」という疾患について、ご説明させていただきたいと思います。
 現在の日本では30~40人の患者さんがいらっしゃると推測されています。この病気は症状が多彩で、まだわからないこともたくさんあり、もしかしたらもっとたくさんいらっしゃるのかもしれません。患者さんは世界各国におられ、特にフィンランドやイタリアにも比較的多くいらっしゃることがわかっています。

 

2.原因と病態

 腸で、リジン・アルギニン・オルニチンという3つのアミノ酸の吸収が弱く、かつこの3つのアミノ酸が尿に大量に出てしまうことで、体内でこれらのアミノ酸が不足し、さまざまな症状があらわれます。リジン尿性蛋白不耐症の患者さんの尿のアミノ酸を調べると、この3つのアミノ酸がたくさん排泄されていることがわかります。特にこのなかでもリジンが尿中に多量に出ることから「リジン尿性蛋白不耐症」とよばれています。

 

3.症状

 発症年齢や症状はさまざまです。また、ご兄弟同士であってもちょっと症状が違う、といったことがあります。乳幼児期に気づかれる方が多いのですが、なかにはごく稀に新生児のときに症状が出る方がいます。一方で成人期(40~50代)まで気付かれない方もいらっしゃいます。
 以下に、特徴的な症状についてお話しします。

 

(1)高アンモニア血症
 患者さんで不足する上述の3つのアミノ酸のうち、アルギニンとオルニチンの2つは、体に有害な「アンモニア」の解毒回路である「尿素サイクル」の構成要素でもあるのです(図1)。これらが不足することによって、患者さんではアンモニアの解毒がしにくく、高アンモニア血症を起こしやすくなります。アンモニアは脳にとって有害なもので、症状としては、気分が悪い、吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、けいれん、てんかん、精神疾患などの神経症状がみられます。重症例では後遺症のリスクがありますので、早急な対処が望ましいです。

【図1】尿素サイクル

 

(2)たんぱく嫌い
 アンモニアの元であるタンパク質を多く含む食べ物を口にすると、体内のアンモニア濃度が高まり、吐き気、嘔吐、腹痛などの症状があらわれます。こうした「タンパク質摂取後の嘔吐や腹痛」というエピソードの繰り返しが、タンパク嫌いへとつながります。実際には、およそ8割の方がお肉、お魚、卵、乳製品などを好まないと言われています。タンパク嫌いは「お肉や魚を食べないのは、偏食なのではないか」「食物アレルギーか?」といった解釈をされることもあります。

 

(3)低身長・低体重 骨折・骨粗鬆症
 2010年の全国調査によると、成人男性の平均身長は157.9(±9.0)cm、成人女性は147.4(±5.7)cmでした。ただし、リジン尿性蛋白不耐症だから必ず身長が低いということではありませんし、逆に症状は低身長だけという方もなかにはいらっしゃいます。リジンは骨の形成にも関わるアミノ酸です。そのため、患者さんではリジンを含めたアミノ酸バランスが破綻することで、骨密度が低下する傾向があります。

 

(4)免疫機能の異常・免疫疾患
 一部の患者さんでみられます。中には水痘(みずぼうそう)の重症化、EBウイルスの持続感染、麻疹(はしか)脳炎などの報告がありますので、ウイルス感染には十分注意することが大切です。そのほか、血球貪食症候群、自己免疫疾患(SLE、抗リン脂質抗体症候群、自己免疫性肝炎、関節リウマチ)合併の報告があります。

 

(5)その他
 肺の合併症として間質性肺炎、肺胞蛋白症等があります。腎尿細管病変や糸球体腎炎も報告されており、十分な観察が望まれます。循環器所見は少ないですが、運動負荷後に心筋虚血性変化をきたしたり、血管内皮機能障害に基づくと思われる血管病変(脳梗塞等)の方も複数おられます。急性膵炎もときにみられます。

 

4.検査

●高アンモニア血症のほか、血清LDH(乳酸脱水素酵素)やフェリチン値が高いという特徴があります。さらには、白血球減少、貧血、血小板減少、AST/ALTの軽度上昇、中性脂肪やコレステロールの上昇、免疫機能検査異常がみられることがあります。

 

●血中・尿中のアミノ酸の評価では、尿にリジン・アルギニン・オルニチン(二塩基性アミノ酸といいます)がたくさん排泄されています。血中分析では、二塩基性アミノ酸値は一般に低下しますが、正常に近いひともいます。

 

●確定診断には遺伝子解析が有用です。SLC7A7という遺伝子の変異が確定されれば、リジン尿性蛋白不耐症の確定に至ります。 

 

5.治療
 リジン尿性蛋白不耐症には根治療法が確立していませんが、なるべく正常の発育・発達を促し、将来的にも合併症が少なくなるよう、さまざまな治療が行われています。

 

(1)食事療法
 充分なカロリー摂取と蛋白制限がメインです。高アンモニア血症を予防する観点からは、小児では摂取蛋白0.8~1.5 g/kg/日、成人では0.5~0.8 g/kg/日が推奨されますが、個人差があります。一方、むやみに制限しすぎてもアンモニアが上がることもあります。特にお子さんでは成長や発達のためにもきちんとタンパク質を取ることは大切です。どれくらいのタンパク質をとるのがよいのか、主治医の先生や栄養士さんと相談しながら 決めていくのがよいでしょう。適正なタンパク制限を行うことで中枢神経を守りながら、お子さんの成長を支えていくことが可能です。
 一方でカロリー及びカルシウム、鉄、亜鉛やビタミンD等は不足しやすく、特にお子さんでは特殊ミルクである蛋白除去粉乳(雪印 S-23)を飲むのも有用です。

 

(2)薬物療法
①L-シトルリン
 肝でアルギニン、オルニチンに変換されます。血中アンモニアの低下や食欲増進、活動性の増加、肝腫大の軽減などが認められています。ただし、日本では医薬品ではないので、お薬として処方することはできません(入手方法は下段参照)。

 

②L-アルギニン(アルギU® )
 不足したアミノ酸の補充に役立ちます。しかし、吸収障害のため効果が限られ、下痢に注意します。なお、L-アルギニンの投与は必ずしも全例に推奨されているわけではないので、必要性のない方もおられます。

 

③L-カルニチン(エルカルチン®
 血液検査で、低カルニチン血症がある場合には内服を併用します。

 

④フェニル酪酸ナトリウム(ブフェニール®)、安息香酸ナトリウム
 さらに血中アンモニア値が不安定な例ではこれらの定期内服を行います。

 

⑤その他
 免疫能改善のためのγ(ガンマ)グロブリン、肺・腎合併症に対するステロイド、膠原病へのステロイドや免疫抑制剤、骨粗鬆症へのビタミンD製剤やビスフォスフォネート、成長ホルモン分泌不全性低身長への成長ホルモン、重炭酸ナトリウム、抗けいれん薬、レボチロキシン投与などが使用されています。これらはいずれも対症療法であり、それぞれの病態に対して使われています。

 

Lシトルリンの入手について★
本剤は医薬品として認可されていませんが、有用性については多くの報告があります。そのため、日本先天性代謝異常学会の対応として、現在は一般社団法人日本小児先進治療協議会を通し有償で供給するシステムをとられています。入手に際しては主治医の先生からお申込みをいただくことになります。
 シトルリンについては中村公俊先生の特別記事(JaSMIn通信特別記事No.10)もご参照ください。

 もしくは、食品(サプリメント)として、適宜個人で入手することも可能です。 また、シトルリンはスイカなどのウリ科植物にも多く含まれており、スイカを好まれる方も多いです。ちなみに食べ物でシトルリンを補充するとすると、治療量平均のシトルリン5 g分は、スイカで1日2.7 kg(0.5-2玉)、メロン10 kgまたはキュウリ52 kg(520本)に相当します(実際には難しいですね…)。

 

6.日常生活できをつけていただきたいこと

●食事療法および薬物療法は生涯継続することが望ましいです。また、タバコやお酒はおすすめしません。

 

●運動については基本的には制限は不要ですが、重度の肉体労働は避けることが望ましいでしょう。軽い運動は問題ありません。疲れすぎない程度に楽しみ、そして体力を維持できればベターです。寝不足や疲労の蓄積は避けましょう。規則正しい生活は(平凡な表現ですが…)大切です。

 

●感染症もかからないにこしたことはないのですが、100 %防ぐことは難しいと思います。可能な範囲で予防を心がけてください。手洗いをこまめにする、感冒流行期はマスクをするなどのちょっとしたことでOKです。普段はむやみにご心配せず、日常生活をおくってください。

 

●妊娠においては、高アンモニア血症、貧血、妊娠中毒症などの合併例があります。一方で正常出産例もおられます。妊娠および分娩に関しては血圧、血液検査、尿検査の十分なチェックと蛋白摂取量の調節、およびアミノ酸補充を伴う適切な食事療法が必要です。これらの介入により、母親および新生児の健全な身体状態の確保が可能となります。

 

7.今後の課題

 リジン尿性蛋白不耐症は症状が多彩で、まだ解明されていない部分もたくさんある疾患です。高アンモニア血症への治療法が向上してきて、最近は一般的な日常生活を送る方も増えてきました。
 それゆえに、患者さんを長期にフォローアップしていくと、腎障害・尿細管障害や肝臓、肺などの合併症を起こす方がいらっしゃることがわかってきて、このような臓器症状をどのようにケアするのか、どこまで予防できるかが今後の課題でもあります。
 患者さんと一緒に考え、よりよい治療法を模索することがまだまだ必要であることを日々感じているところです。

全文PDFは以下からダウンロードできます。
JaSMIn通信特別記事No.20(野口先生)