ファブリー病に対する薬理学的シャペロン療法
東京慈恵会医科大学小児科 小林 正久
1.薬理学的シャペロン療法とは
薬理学的シャペロン療法については、JaSMIn通信特別記事の中でも過去に掲載されています。
特別記事No.21「シャペロン療法」難波栄二
https://www.jasmin-mcbank.com/article/1612/
一般的に先天代謝異常症は、酵素遺伝子の病的変化により、酵素タンパクが作られない、あるいは機能不全の酵素タンパクが作られるために、その酵素が分解するべき基質が蓄積して発症します。酵素補充療法は、欠損した酵素機能を補うために点滴で酵素を補充し、生体機能を回復させる治療法です。薬理学的シャペロンは、シャペロン物質を内服することにより、患者さんご自身が作っている機能不全の酵素タンパクを構造的に安定化させ、酵素タンパクの機能を回復させる治療法です(図1)。この治療法は、鈴木義之先生たちが開発した日本発の治療法です。日本では2018年にファブリー病で初めて薬理学的シャペロン療法が保険承認されました。
2.薬理学的シャペロン療法の問題点
薬理学的シャペロン療法の理解を難しくさせているのは、治療効果を期待できる患者さんと期待できない患者さんがいることになります。薬理学的シャペロン療法が効くかどうかは、患者さんが保有している遺伝子バリアント(変異)の種類によって決まります。そのため、薬理学的シャペロン療法の適応を判断するためには、薬理学的シャペロン療法が有効な遺伝子バリアントを持っているかを調べるために、遺伝子解析が必須となります。
機能不全酵素タンパクの酵素活性は、正常の0~5%くらいしかありません。薬理学的シャペロン療法を行うと、酵素活性は正常の10%くらいまで上がります。そこで、「正常の10%くらいの酵素活性で病気がよくなるのか」と疑問に思う方もいらっしゃるかと思いますが、ファブリー病を始めとするライソゾーム病では、酵素活性は正常の10%もあれば十分で、一生発症しないと考えられています(図2)1)。しかし、実際の臨床現場では、「まだ新しい薬で有効性に不安が残る」、「酵素活性が本当に上がるか不安」というご意見をいただくことがあります。私どもの経験では、薬理学的シャペロン療法が効くと考えられる患者さんの約25%が酵素補充療法を継続していらっしゃいます。またファブリー病では、自覚症状に乏しいために、酵素補充療法、薬理学的シャペロン療法とも治療効果を実感しにくいという問題もあります。そこで、ファブリー病に対する薬理学的シャペロン療法の効果について、考えてみたいと思います。
3.ファブリー病に対する薬理学的シャペロン療法の効果
まず、治験での報告です。薬理学的シャペロン療法が効くと考えられるファブリー病患者さん45例を対象に血中の基質(Lyso-Gb3)、腎組織中の基質(Gb3)の推移を検討したところ、治療開始6ヵ月で血中、および腎組織中の基質は除去されたと報告されております。また、ファブリー病の重要な合併症である心肥大につきましても心エコーで評価したところ改善したと報告されています2)。
薬理学的シャペロン療法が効くと予想されるファブリー病患者さんで酵素補充療法を12ヵ月以上受けている60例を対象とし、薬理学的シャペロン療法変更群と酵素補充療法継続群で18ヵ月間比較した研究があります。その研究でも、酵素補充療法から薬理学的シャペロン療法変更群で血中の基質(Lyso-Gb3)、心エコーでの左心肥大の増悪は認められず、状態は安定していたと報告されております。また、ファブリー病の重篤な合併症である進行性の腎障害についても、増悪はなかったと報告されています3)。
私どもの15例の薬理学的シャペロン療法治療経験でも、酵素補充療法から薬理学的シャペロン療法へ変更し、血中の基質(Lyso-Gb3)が上昇した患者さんはいらっしゃいませんでした。またシャペロン物質は低分子であり色々な組織に届きやすい(組織移行性が良い)と考えられており、一部の症状では酵素補充療法より有効なのではないかと期待されております。私どもの経験でも、酵素補充療法から薬理学的シャペロン療法に変更して、耳鳴りが良くなった、下痢の回数が減ったと、症状の改善を実感する患者さんがいらっしゃいました4)。
4.ファブリー病診療の今後
薬理学的シャペロン療法は新しい治療方法であり、その効果に不安が残るという意見もありますが、薬理学的シャペロン療法の有効性についてのデータも続々と出てきております。酵素補充療法は2週間に1回の点滴治療であるのに対し、薬理学的シャペロン療法は内服治療であることから、患者さんのご負担も軽くなります。患者さんのご自身のライフスタイルに合わせて、治療選択の幅が広がったと言えると思います。ファブリー病患者さんの疑問にお答えできるようにするため、薬理学的シャペロン療法での治療経験を分かりやすくお示しできるように今後も頑張りたいと思います。
1) Suzuki Y. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2014; 90: 145-162
2) Germain DP, et al. N Eng J Med. 2016; 375: 545-555
3) Hughes DA, et al. J Med Genet. 2017; 54: 288-296
4) 小林正久, 他. 日本先天代謝異常学会誌. 2021; 37: 155
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