JaSMIn

先天代謝異常症患者登録制度

Japan Registration System for Metabolic & Inherited Deseases

JaSMInの取り組み内容

JaSMIn登録情報を利用した研究及び
その他の最新情報についてお伝えします。

文字サイズ

患者登録

registration

お問い合わせ

contact

JaSMIn通信特別記事No.71

作成日:2023.02.10

特殊ミルクはなぜタダなのか?のその後

 

藤田医科大学 医学部小児科

伊藤 哲哉

 

1.はじめに

 特殊ミルクとは、先天代謝異常症などの疾患に使用する目的で開発されているミルクです。現在、多くの患者さん方が特殊ミルクの恩恵にあずかっており、JaSMIn通信をご覧の皆様の中にも実際に使用されている方が多くいらっしゃると思います。患者さんの治療、栄養管理にはなくてはならないものであり、普通に供給されて当たり前とも思われますが、今、特殊ミルクの供給にはいくつかの問題点があり、それを改善するための検討が行われています。この特殊ミルクの状況について、特別記事No.22(2018年9月5日)で「特殊ミルクはなぜタダなのか?」のタイトルで解説させていただきましたが、あれから4年以上が経過し、状況が変わった点もございます。今回は、改めて治療用特殊ミルクの昨今の状況の変化について解説させていただければと存じます。

 

 

2.前回のおさらい

(1) 特殊ミルクの必要性

 例えばフェニルケトン尿症という病気では、フェニルアラニンというアミノ酸が代謝できず、血液中のフェニルアラニン濃度が上昇してしまうため知能障害などの症状が現れます。フェニルアラニンは必須アミノ酸といって体では合成できないアミノ酸のため、食事に含まれるタンパク質(=アミノ酸が集まってできたもの)を極端に少なくすることでフェニルケトン尿症の患者さんでも血中フェニルアラニンの上昇を防ぐことができます。しかし、タンパク質は体の成長や機能維持に必要不可欠な栄養素であるため、フェニルケトン尿症の患者さんには「フェニルアラニンは入っていないがそれ以外のアミノ酸はちゃんと入っている食品」というものが必要となります。治療は赤ちゃんから必要ですので、このような条件を満たすミルクとしてフェニルアラニン除去ミルクという特殊ミルクが製造され患者さんに使用されています。そもそもこのようなミルクがなければ治療が成り立たないのです。当然、フェニルケトン尿症以外にも疾患によって異なったミルクが必要で、例えばメチルマロン酸血症ではイソロイシン、バリン、メチオニン、スレオニン、グリシンというアミノ酸が除去されたミルクが使用されます。

 

(2) 特殊ミルクの分類

 特殊ミルクにはその開発の経緯などから、主に先天代謝異常症の治療に用いられる登録品目と、難治性てんかんや慢性腎疾患、内分泌疾患や消化器疾患などに用いられる登録外品目、また、薬と同じように医師の処方箋で薬局から受け取り医療保険が適応される医薬品目に分類されます。登録品目は現在20品目、登録外品目は10品目あり、疾患によって使用できるミルクが決められています。同じミルクでも疾患によって登録品として扱われたり登録外品として扱われたりするものもあります。フェニルケトン尿症で用いるフェニルアラニン除去ミルクとメープルシロップ尿症で用いるバリン・ロイシン・イソロイシン除去ミルクの2種類は医薬品として分類され、医師の処方箋で薬局から受け取り医療保険が適応されます。これはおよそ60年前の開発当初、その当時の薬 品承認基準に合わせて承認されたものと思われますが、現在の医薬品承認の基準はその当時と比べ非常に厳密なものとなっていますので、新たに特殊ミルクが医薬品として登録されるのは不可能となっています。

 

 

 

(3) 特殊ミルクの供給とその問題点

 登録品、登録外品はともに特殊ミルク事務局により管理されています。主治医は患者さんの診断名と必要な特殊ミルク、使用量を記入した申請書を特殊ミルク事務局に送ります。事務局はその妥当性を確認し、問題がなければそのミルクを作っている乳業会社へ連絡し、ミルクを医療機関へ発送してもらいます。ミルクは必ず医療機関から受け取ることになっており患者さんへ直接送ることはできませんが、特殊ミルクに対する費用は掛かりません。医薬品目の特殊ミルクは薬剤と同じ扱いですので、医師から受け取った処方箋により調剤薬局や院内薬局で受け取ることができます。

 特殊ミルクは、明治、雪印メグミルク、森永乳業の3社で製造されていますが、製造開発の当初から乳業会社の社会貢献的側面が強く、登録品目の場合、その費用の約半額が厚生労働省からの補助金で賄われますが、残りは各乳業会社の負担となっています。登録外品目の場合は全額が企業負担であり、また登録品目でも支給年齢は20歳未満という規定があるため、20歳を超えた患者さんに対する支給は公費補助の対象となっておりません。「特殊ミルクはなぜタダなのか?」の答えは、前述の乳業メーカー3社の社会貢献によるもの、ということになります。

 

3.その後の状況

 前回の本稿ではこのような内容を説明させていただきましたが、そこで十分書ききれなかったこととして、特殊ミルク供給量の増加、特に一部特殊ミルクの急速な需要拡大がありました。新規患者さんは毎年発見され治療が開始される一方、特殊ミルクが不要になる患者さんは限られるため、どうしても必要な供給量は増えてしまいます。2012年には特殊ミルクの総供給:約24トン/年であったのが、2021年には約33トン/年と約1.4倍になっています。また、ケトンフォーミュラという特殊ミルクは、2012年から2019年までの7年間で1.9倍まで供給量が増加しました。ケトン食療法という、炭水化物に比べて脂肪分をとても多く摂ることでケトン体を体内で増やす食事が、GULT1欠損症、難治てんかんなどの疾患に効果があることがわかっており、GULT1欠損症に対しては登録品目として、難治てんかんに対しては登録外品目としてケトンフォーミュラを使用することが認められています。難治てんかんの患者さんは数が多く、ケトン食療法の効果が認識されてきたため需要が急速に高まったことがこの供給量増加の原因と考えられます。ケトンフォーミュラは脂肪成分の比率を高くしたミルクで、その生産は大変な手間と労力を要するもので、費用は嵩みますしこれ以上供給量が増えれば他の特殊ミルクの産生にも影響を及ぼすと思われました。このため、日本小児神経学会をはじめ関係部署、学会と相談し、特殊ミルク治療ガイドブックにおいて、難治てんかんにおけるケトン食療法の開始継続手順を記載していただきました。また継続して供給を受ける場合は一定の効果がないと申請できないこととなり、申請にはけいれんの状況などを記入した効果判定の書類を提出していただくという対応を行いました。これにより難治てんかんに対するケトンフォーミュラの供給量は2019年をピークに減少し、2021年にはピーク時の80%まで低下しました。

 一方、シトリン欠損症などに対する必須脂肪酸強化MCTフォーミュラ(MCTミルク)の供給量がこの3年ほどで急速に増加しており、2020年までは登録外品としてのケトンフォーミュラが供給量第1位だったのですが、2021年はこれを抜いてMCTミルクが供給量の1位になっております。今後はMCTミルクの供給量増加に対しても精査を行い、何らかの対応をせざるを得ないかもしれません。

 当然のことながら各乳業会社の特殊ミルク生産能力は限られており、あるメーカーではその生産能力の限界に近いところまで来ているとのことです。企業の社会貢献で行なっていただいている特殊ミルク供給事業については、乳業会社へのさらなる負担増加は難しく、関連する学会、部署が緊密な連携を持って今後の対応を検討せねばなりませんし、患者さん方におかれましては貴重なミルクを1缶でも無駄にしないような使い方、他の食品への移行なども検討していただく必要があると思います。これ以外にも大規模災害時の供給体制の確立も喫緊の課題ですし、長期的には欧米諸国で認められている治療用食品に対する医療補助制度の導入も必要と思われます。欧米では特殊ミルクのみならず、同じような使用目的で製造されたジュース、ゼリー状飲料、お菓子など患者さんの年齢に応じた製品が使用され、また、薬剤のようなタブレットや粉末状の無味無臭で大変食べやすいアミノ酸製剤が使用可能です。これらは食品として分類されますが、治療用食品というカテゴリーで患者負担が軽減されており、薬剤に準じた使用が可能となっております。日本にはこのような制度がないため、治療用食品の開発や輸入が実質行えないのが現状です。

 

 

4.おわりに

 2018年の記載からの繰り返しですが、特殊ミルクは様々な疾患で必要不可欠なものとなっています。その供給は各乳業メーカーの多大な負担の上に成り立っています。現在の供給体制は患者さん方の負担が全くない形で運営されていますが、今後もこのような体制が維持できるよう努めると同時に、患者さん方にも1缶も無駄にすることなく適正に使用していただきますようお願いいたします。

 

全文PDFは以下よりダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.71(伊藤哲哉先生)