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JaSMIn通信特別記事No.22

作成日:2018.09.05

特殊ミルクはなぜタダなのか?

 

藤田保健衛生大学病院 小児科 伊藤 哲哉

1.はじめに

 特殊ミルクとは、先天代謝異常症などの疾患に使用する目的で開発されているミルクです。現在、多くの患者さん方が特殊ミルクの恩恵にあずかっており、JaSMIn通信をご覧の皆様の中にも実際に使用されている方が多くいらっしゃると思います。しかし、ご自分に関わりのあるミルク以外にどのようなミルクがあるのか、どのようなシステムで供給されているのかなどはご存じない方が多いのではないでしょうか。患者さんの治療、栄養管理にはなくてはならないものであり、普通に供給されて当たり前とも思われますが、今、特殊ミルクの供給にはいくつかの問題点があり、それを改善するための検討が行われています。私は日本先天代謝異常学会の理事会で特殊ミルク事業などの担当をしているためこの検討に加わっておりますので、特殊ミルクの現状についてご説明させていただき、理解を深めていただきたいと思います。

 

 

2.特殊ミルクの必要性

 例えばフェニルケトン尿症という病気では、フェニルアラニンというアミノ酸が代謝できず、血液中のフェニルアラニン濃度が上昇してしまうため知的障害などの症状が現れます。このため、体に入るフェニルアラニンの量を減らすことが必要となりますが、食事に含まれるタンパク質(=アミノ酸が集まってできたもの)の中には一定の割合でフェニルアラニンが含まれるため、食事からはごくわずかのタンパク質しか摂れなくなります。これでは成長、発育に支障が生じるため、フェニルケトン尿症の患者さんには「フェニルアラニンは入っていないがそれ以外のアミノ酸はちゃんと入っている食品」というものが必要となります。治療は赤ちゃんから必要ですので、このような条件を満たすミルクとしてフェニルアラニン除去ミルクという特殊ミルクが製造され患者さんに使用されています。そもそもこのようなミルクがなければ治療が成り立たないのです。当然、フェニルケトン尿症以外にも疾患によって異なったミルクが必要で、例えばメチルマロン酸血症ではイソロイシン、バリン、メチオニン、スレオニン、グリシンというアミノ酸が除去されたミルクが使用されます。このように、疾患や病態に応じて多くのミルクが製造されています。

 

3.特殊ミルクの分類

 日本では1977年に新生児マススクリーニング事業が開始されましたが、これにより発見される疾患の治療に必要な特殊ミルクの安定供給が課題となりました。現在の供給事業は、1980年12月に「特殊ミルク共同安全開発事業」が厚生省母子保健課の指導で発足し、母子愛育会に特殊ミルク事務局が置かれ、新生児マススクリーニングで発見された先天代謝異常症などを対象とした登録特殊ミルクの改良開発と安定供給を基本目的として開始されました。このような事情から、特殊ミルクは先天代謝異常症の治療に用いられるもの(登録品目:21種類)とその他の疾患について使用されるもの(登録外品目:11種類)に大きく分けられています。また、前述のフェニルアラニン除去ミルクと、メープルシロップ尿症で用いるバリン・ロイシン・イソロイシン除去ミルクは医薬品として分類され、医師の処方箋で薬局から受け取り、医療保険が適応されます(医薬品目:2種類)。
 登録外品目は難治性てんかんや慢性腎疾患、内分泌疾患や消化器疾患などに用いられるもので、それ以外に市販品としてアレルギー疾患や慢性下痢症などに使われるミルクがあります。

 

4.特殊ミルクの供給

 医薬品目の特殊ミルクは薬剤と同じ扱いですので、医師から受け取った処方箋により調剤薬局や院内薬局で受け取ることができます。このシステムで受け取ることができるミルクが増えれば供給面での問題はないのですが、それには特殊ミルクが薬剤としての認可を受ける必要があり、新たに増やすことは不可能とされています。登録品、登録外品はともに特殊ミルク事務局が管理されています。主治医は患者さんの診断名と必要な特殊ミルク、使用量を記入した申請書を特殊ミルク事務局に送ります。事務局はその妥当性を確認し、問題がなければそのミルクを作っている乳業会社へ連絡し、ミルクを医療機関へ発送してもらいます。ミルクは必ず医療機関から受け取ることになっており患者さんへ直接送ることはできませんが、特殊ミルクに対する費用は掛かりません。

 

5.特殊ミルク供給の問題点

 上記のシステムで供給されている特殊ミルクですが、前述したとおりそもそも厚生省母子保健課という、母と子どもたちの保健政策を検討する課からの指導で開始された事業であったため、成人に対する使用は想定されていませんでした。このため、20歳以上の患者さんに新規に供給することは原則として認められていません。それまで供給されていた患者さんでも、20歳以上となった場合は国からの費用負担がなくなります。このため、20歳以上になったからといって急にミルクが支給されなくなるということはありませんが、その後は全額乳業会社の負担で支給されることになります。費用負担については、そもそも登録外品目については年齢にかかわらず全額が企業負担に、また、登録品目でも半額が企業負担で残りの半額が公費負担で支払われる仕組み(20歳未満まで)になっています。このため、この文章のタイトルである「なぜ特殊ミルクはタダなのか?」の答えは、明治、雪印、森永の乳業3社が負担してくれているからなのです。ありがたいことに各乳業会社は、社会貢献であり今後も安定供給を維持するとのことですが、企業にとっては全くの慈善事業ですのでこのような状況が今後も続くのは問題です。さらに近年、難治性てんかんや慢性腎疾患に対する登録外特殊ミルクの供給が増えていることから、企業負担はますます増えている状況となっています。

 

6.今後の対応

 今回、厚生労働省内での特殊ミルク対応部署が母子保健課から難病対策課へ移行したことから、20歳未満という対象年齢の制限や、品目による費用負担の区分をなくし、一律半額を公費負担とすることが検討されています。これを行うには公費負担額の増額が必要ですが、このためには特殊ミルクの必要性について広く示さなければなりません。なぜそのミルクを使わなければならないのか?どの病気に使うのか?疾患の程度により使い方は違うのか?何歳まで使うのか?代わりの食品はないのか?年間kgくらい必要か?などなど、多くの点を明確にすることが求められました。このため、先天代謝異常学会、小児内分泌学会、小児栄養消化器学会、小児腎臓病学会、小児神経学会が連携して特殊ミルクワーキンググループを立ち上げ検討し、それぞれの関連疾患について前述の点を明確にし、特殊ミルクについての使用ガイドを作成しました。この内容をもとに難病対策課でもその必要性を認識していただき、さらに予算化に向けての準備を進めていただいているところです。

 

7.おわりに

 特殊ミルクは様々な疾患で必要不可欠なものとなっています。その供給は各乳業メーカーの多大な負担の上に成り立っています。特殊ミルク自体も非常に高価で、普通ミルクの数倍以上、物によっては250gの缶が1万円以上するようなものもあるそうです。現在の供給体制は患者さん方の負担が全くない形で運営されていますが、今後もこのような体制が維持できるよう努めると同時に、患者さん方にも1缶も無駄にすることなく適正に使用していただきますようお願いいたします。

 

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JaSMIn通信特別記事No.22(伊藤先生)