ウイルソン病の食事療法について
東邦大学医学部小児科学講座(大橋)
清水 教一
1.はじめに
ウイルソン病は、肝臓、脳、角膜あるいは腎臓等、体内のいくつかの臓器に銅が過剰に蓄積して色々な症状を起こしてくる「先天性銅代謝異常症」のひとつです。この疾患は薬(内服薬)による治療が可能です。肝移植を受けた患者様を除けば、原則すべての患者様が銅キレート薬か亜鉛薬、あるいはその両方を服用しておられると思います。
同時にウイルソン病治療では薬物療法と並行して「低銅食」という食事療法を行う事が推奨されています。今このJaSMIn通信特別記事を読んでいるウイルソン病患者様あるいはその親御様は、この病気と診断がついて治療が始まる時には、ほぼ全員主治医より「薬物療法とともに食事療法(低銅食療法)も行うように」と言われたのではないかと思います。今回のJaSMIn通信特別記事では、この「低銅食療法」について解説したいと思います。
2.ウイルソン病治療における「低銅食療法」の位置づけ
ウイルソン病における治療の主役は薬物療法です。低銅食療法はあくまでも脇役、補助的な役割の治療法です。なので、「低銅食療法をしっかりやっているから薬をちゃんと飲まなくても大丈夫」ということにはなりません。この点はきちんと覚えておいてください。
3.「低銅食」とは?(低銅食の基準)
銅の摂取量は、治療開始時には1.0mg/日(乳幼児は0.5mg/日)以下に制限することが望ましいと考えられています。そして治療により症状や検査値が改善し安定すれば、1.5mg/日まで摂取可能となります。亜鉛製剤を内服している時は、銅キレート薬のみにて治療を行っている時ほど厳密な銅の摂取制限は必要ないと考えられています。ただ、1日の銅摂取量を何mgまで緩和できるかの明確な基準は存在していません。筆者が以前みつけた論文には「1.5mg/日程度までの摂取が良いのではないか」と書いてあるものがありました。
4.低銅食療法の実際
低銅食療法を行う(銅の少ない食事を作る)時には、1回の料理に使用する素材に銅がどれくらい含まれているか(銅含量)を知ることが必要になってきます。この銅含量については、一般的には文部科学省が公表している「日本食品標準成分表」からその情報を得ることができます。そして低銅食を作る基本は、使用する食材のなかに銅の多く含まれるものを避けて料理を作る、というのが基本的なやり方と言えます。表に銅含有量が多い食材をあげました。ただ、この表を見るにあたっては注意すべき点があります。この表に載っている食材は食品100g中の銅含有量が高い食材であるという事です。当たり前のことですが、実際に食事から摂取する銅の量は、食材の単位重量中の銅の含量と各々の食事を作る時に使われる食材の量により決定されます。たとえば、精白米と乾燥させたそうめんは、100g中の銅含量はそれぞれ 0.10mg(白米)と0.12mg(そうめん)とさほど差はありません。しかし実際に1回の食事で食べる量で比べると、白米は1回茶碗1杯200g食べるとすると銅の量は0.20mgになります。それに対し、そうめんは1人前が約70gであるため、その中に含まれる銅の量は0.084mgです。つまり実際の食生活の中では2倍以上の差がでてしまうことになります。銅の含量が比較的多い食材でも、料理に使う量が少なければあまり影響しません(海苔などが良い例です)。逆に単位あたりの銅の量が少なくても、多量に摂取する食材では 1日の銅摂取量に大きな影響を与えてしまいます(白米などがその代表でしょうか)。レシピを考える時は、食材の種類とともにこの点を十分考慮する必要があります。
実際に低銅食レシピを作成したり考えたりする時は、かかられている病院の栄養部の協力を得て行うことが望ましいと考えます。筆者らの病院では、外来、入院に関わらず、ウイルソン病と診断が確定した患者様やその保護者の方々に「栄養指導」を受けていただいています。また治療中の方であっても、ご希望があれば適宜受けていただいています。
ここでひとつご紹介しておきたいのが、大阪母子医療センターの栄養管理室が開発した「銅制限のための食品交換表」です。これは食品中の銅含量を把握しやすくすることを目的として作られました。論文にもなっています(西本裕紀子, 佐久間幸子, 他:「銅制限のための食品交換表」を用いて在宅で銅制限を実践・継続できたWilson病児の2症例. 日小児栄消肝会誌 19: 119-125, 2005.)。この表は、銅0.05mgを1単位として1単位分の食品の分量が銅の少ないものから多いものへの一覧になっています。また、「はたらきの似ている食品」どうしを8つのグループに分けてまとめています。本表を用いて実際の献立での銅の含量を計算することも有効な方法と考えられます。なお、この「銅制限のための食品交換表」は大阪母子医療センターのホームページの「栄養管理室」のページに掲載されています。
5.おわりに
ウイルソン病の食事療法であとふたつ、お伝えしたい大切なことがあります。
ひとつめは、低銅食は一食一食ではなく1日、場合によっては2~3日のスパンで考えても良いということです。つまり、とある一回あるいは1日の食事で銅をたくさん摂ってしまった場合は、1回の食事であればその後の2~3回の食事で、1日の場合はその後の2~3日の食事で、少ししっかりと銅摂取を制限すれば良いということです。
もうひとつは、「銅の摂取量を制限しながらも、成長あるいは健康の維持に必要な栄養所要量をきちんと確保する」ということです。ウイルソン病の発症年齢は幅広く分布していますが、多くの患者様は幼児期から思春期頃までに診断されて治療が開始されます。いわゆる「育ち盛り」の時期に初期治療が行われることが多いのです。そのため、この点は十分に注意する必要があります。銅摂取を制限することに気を取られて必要なカロリーが摂取できなかったり、偏った栄養バランスの食事にならないように気をつけてください。そして、それは成人になってからの食事でも同じです。良好な栄養バランスの上に低銅食療法があるということを忘れないようにしていただければと思います。
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