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JaSMIn通信特別記事No.61

作成日:2022.01.25

我が国の尿素サイクル異常症患者さんにおける治療の課題について

 

熊本大学病院小児科 城戸 淳、中村 公俊

 

1.はじめに

 尿素サイクル異常症は、尿素サイクルを構成する6種類の酵素(Nアセチルグルタミン酸合成酵素(NAGS)、カルバミルリン酸合成酵素1(CPS1)、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)、アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)、アルギニノコハク酸分解酵素(ASL)、アルギニン分解酵素1(ARG1))のいずれかが機能欠損することによって、高アンモニア血症をはじめとする種々の症状を呈する病気です。また、細胞質内のオルニチンをミトコンドリア内に輸送するオルニチントランスポーター1(ORN1)の欠損によって生じる高オルニチン高アンモニア血症ホモシトルリン尿症症候群も尿素サイクル異常症に含まれます(図1)。以前より、私たち尿素サイクル異常症の研究グループは、我が国における尿素サイクル異常症の実態を報告してきました。さらに2018年からは、新しいガイドラインを作成するために尿素サイクル異常症の全国調査を行い、種々の問題点を抽出しました。ここでは、その結果を報告させていただくとともに新しい治療法の課題などについて議論したいと思います。

図1 尿素サイクル

 

2.尿素サイクル異常症の全国調査

 先天代謝異常症患者登録制度(JaSMIn)には、2022年1月現在、尿素サイクル異常症の患者さん113名が登録されています(オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症(OTCD):62名、カルバモイルリン酸合成酵素1欠損症(CPS1D):12名、アルギニノコハク酸合成酵素欠損症(ASSD,シトルリン血症):26名、アルギニノコハク酸分解酵素欠損症(ASLD,アルギニノコハク酸尿症):13名)。私達の研究グループは、JaSMInのシステムを使用せずに、施設の倫理委員会の承認後、全国の300床以上ある病院の小児科、代謝内分泌科、遺伝科、周産期科、移植外科などの医師に直接、尿素サイクル異常症の診療歴について問い合わせをしました。その結果、尿素サイクル異常症の患者さん229名についての状況を把握できました(表1)1)。 今回の調査では、NAGS欠損症の患者さんは、認められませんでした。

 

表1 全国調査で把握できた尿素サイクル異常症の患者さん

 

 この229名のうち、新生児発症者10名(OTCD:4名、CPS1D:3名、ASSD:1名、ASLD:2名)、遅発発症者3名の方はすでに亡くなっておりましたが、残りの214名は、生存されています。2名の方については生存の確認ができませんでした。

 

3.尿素サイクル異常症の患者さんの長期生存率

 ここで、尿素サイクル異常症患者さんの長期生存について検討します。以前の調査(Kido 2012)2) においても、Uchino 1998 3) の報告時より、明らかに遅発発症OTCD患者さんの長期生存率が改善していましたが、今回の調査では、さらに長期生存率が改善していることがわかりました(図2)。また、新生児発症の男性OTCD、CPS1D、ASSDおよびASLD患者さんにおいても、統計的有意差はありませんでしたが、以前の調査(Kido 2012)2) に比べて長期生存率が改善している傾向にありました(図3)。いずれにしても、現在の我が国の医療レベルは、10年前に比べて、尿素サイクル異常症の患者さんの長期生存が期待できるようになりました。これは、以前に比べて、多くの臨床医の尿素サイクル異常症への理解と関心が向上したこと、 フェニル酪酸ナトリウム(ブフェニール)やシトルリンなど新しい治療薬が使えるようになったこと、透析技術の向上や肝移植の普及などに起因していると考えられます。

 

図2 遅発発症OTCD患者さんの長期生存率

 

図3 新生児発症尿素サイクル異常症患者さんの長期生存率

 

4.発症時の最高血中アンモニア濃度と精神神経発達予後の関係

 高アンモニア血症は、脳にダメージを与えます。そして、尿素サイクル異常症では、重度の高アンモニア血症により意識障害が症状として現れます。私達の研究グループは、発症時の最高血中アンモニア濃度が精神神経発達予後に影響を与える一つの大きな因子(指標)と考えています。それは、最初の発症時が未治療であるため、一番血中アンモニア濃度が高くなることが多く、その値が高ければ高いほど、治療しても血中アンモニア濃度を下がるのに時間がかかり、それだけ脳に与える影響が大きいからです。そして、このアンモニア濃度が極めて高いことが、尿素サイクル異常症における重症度を反映しています。新生児発症の尿素サイクル異常症では、発症時の最高血中アンモニア濃度が360μmol/L(600μg/dL)を超える重症者が多数います。そして、アルギニン、安息香酸ナトリウム、フェニル酪酸ナトリウムを使用しても、簡単には血中アンモニア値は正常化しないため、さらに血液透析治療を行って強制的にアンモニアを除去して救命します。この360μmol/L(600μg/dL)を超える重症者では、Uchino 1998 3) の報告時では、全症例、精神発達遅滞になるかお亡くなりになるかの状況でしたが、現在は、新生児に対しても積極的に血液透析治療のできる施設が増えてきましたので、救命できるだけでなく脳へのダメージを軽減して精神発達遅滞を回避できる症例が増えてきました(図4)。さらに、これらの重症な尿素サイクル異常症の患者さんは肝移植の適応になることもあり、その後に肝移植を受ける患者さんが増えています。しかし、医療技術が進歩した今日でも、この最高血中アンモニア濃度360μmol/L(600μg/dL)を超えると急激に精神神経発達予後が悪くなることから(図4)、依然、精神神経発達予後を規定するラインとなっており、安定して脳を守れる限界と考えられます。今後は、この壁を超えた脳を迅速に保護できる治療法の確立を目指す必要があります。

 

図4 尿素サイクル異常症患者さんにおける発症時のアンモニア値と予後の関係

 

5.尿素サイクル異常症の患者さんが受けている治療

 尿素サイクル異常症の患者さんの多くが、アンモニアの源(窒素源)の摂取を抑えるために蛋白摂取制限を行っています。また、蛋白質が一切含まれていない特殊ミルクを併用することも多いです。アルギニン血症(ARG1D)患者さん以外は、尿素サイクルの機能を上げるために不足傾向にあるアルギニンを使用します。また、安息香酸ナトリウムやフェニル酪酸ナトリウムを使用して、尿素サイクルのバイパス経路を利用したアンモニアの除去も行います。シトルリンもOTCDとCPS1Dに対して、不足している尿素サイクルのアミノ酸補充療法として使用しています。

 シトルリンは、2011年から日本先天代謝異常学会より有償でサプリメントとして供給されるようになり、フェニル酪酸ナトリウムは、2014年より保険収載医薬品となりましたので、今回の調査では、前回調査時(Kido 2012)2) よりもシトルリンとフェニル酪酸ナトリウムの使用頻度が増えています(表2)。

 

表2 尿素サイクル異常症患者さんの治療法の頻度

 

6.尿素サイクル異常症患者さんの肝移植治療

 日本で行われてきた尿素サイクル異常症患者さんの肝移植は、部分生体肝移植です。今回の調査1) ,4) では、全部で78名の尿素サイクル異常症患者さんが肝移植を受けていました。そのうち、52名が新生児発症者で、26名が遅発発症者でした。52名の新生児発症者のうち、ほとんどが発症時の最高血中アンモニア濃度が360μmol/L(600μg/dL)以上であり、38名の新生児発症者が生後1年以内に肝移植を受けていました(表3)。このことからも、日本の肝移植外科医の技術の高さと尿素サイクル異常症の治療への情熱の高さが証明されています。

 

表3 尿素サイクル異常症患者さんの肝移植を受けた年齢

 

7.さいごに

 尿素サイクル異常症は、キチンと診断と治療を受けていても、種々の要因で血中アンモニア値が上昇することがあり注意が必要です。近年の臨床医の尿素サイクル異常症への関心や理解の向上、フェニル酪酸ナトリウム(ブフェニール)やシトルリンの導入、透析技術の向上や肝移植の普及などにより、以前の調査時に比べて、急性期の救命率が向上し、さらに長期生存率も改善できています。しかし、医療の進んだ現在においても、血中アンモニア濃度360μmol/L(600μg/dL)は、脳にかなりの悪影響を与えます。現在の医療レベルは、重度な高アンモニア血症クライシスであっても救命ができる時代になりましたが、まだ脳を守るという意味では満足のいくものではありません。今後は、さらなる脳保護を目的とした治療法を確立しなければなりません。

 

参考文献

1) Kido J, Matsumoto S, Häberle J, Inomata Y, Kasahara M, Sakamoto S, Horikawa R, Tanemura A, Okajima H, Suzuki T, Nakamura K. Role of liver transplantation in urea cycle disorders: Report from a nationwide study in Japan. J Inherit Metab Dis. 2021 Nov;44(6):1311-1322. doi: 10.1002/jimd.12415. PMID: 34232532.

2) Kido J, Nakamura K, Mitsubuchi H, Ohura T, Takayanagi M, Matsuo M, Yoshino M, Shigematsu Y, Yorifuji T, Kasahara M, Horikawa R, Endo F. Long-term outcome and intervention of urea cycle disorders in Japan. J Inherit Metab Dis. 2012 Sep;35(5):777-85. doi: 10.1007/s10545-011-9427-0. PMID:22167275.

3) Uchino T, Endo F, Matsuda I. Neurodevelopmental outcome of long-term therapy of urea cycle disorders in Japan. J Inherit Metab Dis. 1998;21 Suppl 1:151-9. doi: 10.1023/a:1005374027693. PMID: 9686352.

4) Kido J, Matsumoto S, Häberle J, Nakajima Y, Wada Y, Mochizuki N, Murayama K, Lee T, Mochizuki H, Watanabe Y, Horikawa R, Kasahara M, Nakamura K. Long-term outcome of urea cycle disorders: Report from a nationwide study in Japan. J Inherit Metab Dis. 2021 Jul;44(4):826-837. doi: 10.1002/jimd.12384. PMID: 33840128.

 

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JaSMIn通信特別記事No.61(城戸先生)