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JaSMIn通信特別記事No.58

2021.10.04

拡がる遺伝子治療 ウイルスを薬に

 

自治医科大学 神経遺伝子治療部門

東京大学医科学研究所 遺伝子・細胞治療研究センター

村松 慎一

 

 新型コロナウイルスにより世界中の人々の生活が一変しました。ウイルス=災厄としか思えないのも当然です。しかし、ウイルスのなかには本当に役に立つものがあります。実際、新型コロナウイルスに対するアストラゼネカ社のワクチンは、アデノウイルスを改変して作られています。本稿では、アデノ随伴ウイルス(AAVと称します)という、多くの方には馴染みの薄いウイルスが、いろいろな病気の遺伝子治療に応用されて、画期的な成果が得られていることを紹介したいと思います。

 そもそも、遺伝子治療とは何でしょう?先天代謝異常症では、ある物資の代謝に必要な酵素(タンパク質)が、少なくなってしまっているため、この酵素そのものをタンパク質として供給する、酵素補充治療が行われています。この治療によって、劇的に症状が改善し、病気の進行が抑制されている方も多いでしょう。ただ、酵素の効果の持続時間が短いため頻回に点滴が必要なことや、酵素を脳に到達させるのが難しいことなどの課題があります。遺伝子治療では、酵素の代わりに、その設計図である遺伝子DNAを酵素の活性が不足している細胞に送り届け、そこで、DNAから酵素を作り出します。DNAを細胞にうまく運ぶためにウイルスを改変したものをベクター(運び屋という意味です)と称します。ウイルスにも自身の遺伝子がありますが、このうち、不必要な部分を取り除き、代わりに治療用の酵素遺伝子を組み込みます(図)。

 

 

図 AAVベクターを用いた遺伝子治療のイメージ

 

 様々なウイルスに由来するベクターがありますが、いま、もっとも注目されているのがAAVベクターです。AAVは元々、病原性がないため、安全性に優れています。神経細胞に、効率よく治療用の遺伝子を導入して長期に発現させることが可能です。サルの実験では、15年間以上、導入した遺伝子が働いていました。つまり、1回の治療で、生涯持続する効果が期待できます。

 私たちは、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)欠損症に対して、AADC遺伝子を搭載したAAVベクターを脳内に注入する遺伝子治療を開発しました。これまでに日本で8人、台湾で30人、フランスでも2人のお子さんにこの遺伝子治療が実施され、運動機能の改善効果が得られています。

 代謝異常症ではありませんが、SMN1という遺伝子の変異により運動神経細胞が脱落してしまう脊髄性筋萎縮症(SMA)に対して、遺伝子治療薬ゾルゲンスマ®(オナセムノゲン アベパルボベク)が日本でも承認されました。これは、SMN1遺伝子を搭載したAAVベクターです。この疾患の重症型では、生下時より筋力が弱く、1歳までにお座りすることができず人工呼吸が必要となります。しかし、早期に遺伝子治療できれば、たった1回のAAVベクターの静脈注射で人工呼吸を必要とすることなく、歩行できるようになります。AAVベクターが、血液から脊髄の中に入り、運動神経細胞にSMN1遺伝子を送達してその機能を回復しているのです。難点は1人あたりの薬価が1億6千万円という世界一高い薬になっていることです。ただ、ベクターの製造法の改良や、様々な規制の緩和により、将来的には、ずっと低価格で実施できるはずです。

 AAVベクターは安全なベクターですが、米国で実施された先天性ミオチュブラーミオパチーという筋疾患に対する治験では、極めて高用量のAAVベクターの投与を受けた被験者の方が亡くなった事例が報告されています。ベクターの改良による投与量の低減や、投与法の工夫などにより、安全な治療が開発できると考えています。

 私たちは、AAVベクターを応用して、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症、グルコーストランスポーター1(GLUT1)欠損症、ニーマン・ピック病C型、GM2ガングリオシドーシスなどに対する遺伝子治療を開発し、治験の準備を進めています。先天代謝異常症の多くは、AAVベクターによる治療が可能と考えられます。単純に酵素の遺伝子を送達するだけではなく、最新のゲノム編集という技術を応用して遺伝子変異を修復する方法も可能になりつつあります。一日も早い、遺伝子治療の実用化を目指します。

 

 

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JaSMIn通信特別記事No.58(村松先生)