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JaSMIn通信特別記事No.50

作成日:2021.02.01

あまり知られていない新生児マススクリーニングの裏側

 

国立成育医療研究センター総合診療部 窪田 満

 

 JaSMIn通信をお読みの皆様の中には、新生児マススクリーニングで疾患が発見された患者さんや、そのご家族がいらっしゃると思います。おそらく、その事業の重要性はよく御存知だと思いますが、あまり知られていない新生児マススクリーニングの背景を、「裏側」として少し解説させていただきたいと思います。

 

1.新生児マススクリーニングの目的

 本来、「診断」とは、患者さんの症状に対し、丁寧に病歴聴取と身体診察を行い、適切な臨床検査を施行して行うものです。私たち医師は、日々鍛錬し、見逃しなく診断して治療に結びつける努力をしています。

 しかし、その努力にも関わらず、先天性の疾患の中には、発症してからでは治療をしても障害が残ってしまう疾患や、通常の方法では診断が非常に難しい疾患が存在します。そういった疾患に対し、わが国の新生児全員に対して検査を行うことによって、発症前に正しく診断し、迅速に治療に結びつけ、その子どもが疾患を持ちつつも人生を健やかに生きていく手助けができないか、そういった目的で、新生児マススクリーニングが生まれました。

 そのため、新生児マススクリーニングの対象疾患を選ぶ際に最も重要なことは、「何らかの治療法や対応策がある」ということです。早く見つけても、何もできなければ、見つけることがいいことだとは言い切れません。例えば、絶食を避けると良いということがわかるだけで、命が救われる疾患があります。そういった疾患が新生児マススクリーニングの対象疾患になります。

 

2.新生児マススクリーニングの法的根拠

 実は、驚くべき事に、わが国には新生児マススクリーニングを具体的に規定している法律がありません。新生児マススクリーニングの根拠は、母子保健法第5条で定められた国および地方公共団体の責務のもと、第13条に基づき都道府県、政令指定都市が実施する乳幼児健康診査・検査事業の一つであるとされています1)。つまり都道府県、政令指定都市がこの事業の責任者です。

 具体的な施行に関しては、厚生労働省(旧厚生省)の通知(昭和52年7月12日児発第441号厚生省児童家庭局長通知「先天性代謝異常検査等の実施について」と、別紙として出された「先天性代謝異常検査等実施要綱」)2)がすべてです。このように、新生児マススクリーニング事業は、基本的に「通知」に基づいて行われており、現在でも法的根拠が心許ない状況は続いています。2018年12月8日に可決成立し、2019年12月に施行された成育基本法によって、今後法制化されることが望まれます。前述の新生児マススクリーニングの目的に基づいた、「新生児マススクリーニング法」があれば、法的根拠に基づいて、持続可能性が担保された形で新生児マススクリーニングが発展し、多くの子どもたちが恩恵を受けることができると思います。

 

3.遺伝学的側面

 2011年2月に日本医学会から「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」が発表されました3)。そこには、医療の場において実施される遺伝学的検査には新生児マススクリーニングが含まれると明確に記載されています。

 しかしながら、それから10年たった今でも、新生児マススクリーニングの説明書や同意書は遺伝学的検査という意味で完全とは言えないですし、重要な遺伝情報であるろ紙血(写真1)の扱いも曖昧です。

 

写真1 ろ紙血

 

 新生児マススクリーニング事業によって得られた試料やデータは非常に貴重であり、新生児マススクリーニングがより良いものになっていくためには、検査終了後のろ紙血検体やデータなどを全国的に集約する方法・枠組みの構築が望まれますが、個人情報保護法などを理由に、それが進んでいません。特に、ろ紙血検体は、わが国で生まれた子どもたちを網羅する貴重な「遺伝学的生体試料」と言えるものであり、これを一定期間保管し(これをバイオバンク構想といいます)、様々な研究に利用することは、医学の発展にとって大きな意味があります。ところが、現在各自治体で使用されている説明書や同意書は、それらに関してほとんど記載されておらず、法的整備、自治体における遺伝学的管理体制の整備とともに、今後の課題です。

 また、遺伝学的検査としてのカウンセリングの問題が重要ですが、上記のガイドラインにある、「検査実施前に」被検者が疾患の予防法や発症後の治療法に関する情報を十分に理解した後に実施する必要があるという部分に関しては、検査前に十分説明しているとは言えない状況です。そのため、産科医療機関において説明していただく際に使用する説明書の充実が必要です。検査前の説明だけではなく、新生児マススクリーニングで陽性判定となった子どもの家族に対する対応も十分でありません。告げられた病名をインターネットなどで調べると「死」「障害」を連想させる、非常に恐ろしいことが書かれており、再検査の通告を受けた瞬間から、家族が感じる不安は相当強いことが予想されます4)。現状では、それに対する支援が十分ではありません。遺伝カウンセリング、遺伝カウンセラーの導入を含めた検討が必要です。

 

4.事業としての新生児マススクリーニング

 事業としての持続性のためには、費用対効果が重要です。何か、お金に換算するのは違和感があるかもしれませんが、基本的にかかった費用よりも効果の方が大きいことが求められています。つまり、新生児マススクリーニングを行わなかった際にかかる費用(重症化した患者さんの治療費等)と、新生児マススクリーニングによって得られた効果をお金に換算し、どれだけ金銭的に得るものがあったかを比べます。過去に行われた費用対効果分析においては、タンデムマス法(写真2)によるスクリーニングの増分便益費用比は1.91(かかったお金の1.91倍、得られた効果があったということ)で、120万人/年出生していた時代での計算で、得られた効果からかかった費用を引いた額が年間89億円という計算となりました5)。医学的にも経済学的にも、新生児マススクリーニングは妥当性が証明されており、事業として成立していることがわかります。

 

写真2 タンデムマス

 

 そして、この新生児マススクリーニング事業の実施主体は、都道府県、政令指定都市です。つまり、国が関わりを持っている自治体の事業です。そのため、個人情報の管理責任も医師個人ではなく自治体にあり、それゆえ、きちんとした説明書や承諾書を自治体が準備し、事業を執行する必要があるのです。

 また、通常の臨床検査と、事業としての新生児マススクリーニングが混同されていることがあります。例えば小児科医がけいれんで発症した児に対し、先天代謝異常症を疑ってタンデムマス検査を行った場合、同じ検査であっても、それは医療としての臨床検査であり、新生児マススクリーニングではありません。ですから、当たり前のように新生児マススクリーニング検査施設に「臨床検査」としてろ紙血を送り、無料で検査をしてもらってはならないのです。新生児マススクリーニングとしてではない検査は公費ではないので、保険診療として経費を頂いていない場合は、検査施設のボランティアとなります。

 

5.今後の課題

(1) 患者さんの悉皆性のあるフォローアップ

 新生児マススクリーニングは疾患を見つけて終わりではありません。疾患が見つかった子どもさんがどのように成長していくのかをデータベース化することで、どのようなタイプにはどのような治療が必要か、あるいは必要ではないかがわかってきます。稀少疾患であるため、専門医が抱えている自分の患者さんだけのデータベースでは限界があり、わが国全体で一つのデータベースに登録し、全ての患者さんが統一された形式でフォローアップされるための体制が必要です。諸外国ではそういったビッグデータの整備が進んでいます。現在、日本人の予後が明確ではなく、介入の有無による効果が見えにくいことから、海外の新薬の治験にも参加しにくい状況となっています。

 

(2) 新しい対象疾患の導入

 現時点で対象疾患の候補に挙がっているのは、原発性免疫不全症候群、リソソーム病(Fabry病、Pompe病、Gaucher病、ムコ多糖症I型・II型・IV型・VI型など)、ペルオキシソーム病(副腎白質ジストロフィーなど)、脊髄性筋萎縮症などです。すでに各地域でパイロットで行われているスクリーニングも多く、その効果が期待されています。ただし、現在の新生児マススクリーニングのように自治体の事業として全額税金を使って行えるか、受益者負担を必要とするかは検討すべき課題と考えられます。

 また、これらの疾患の中には治療費が非常に高額となる疾患も含まれています。当然、前述の費用対効果は悪くなるのですが、それを理由にスクリーニングをしないというのではなく、より良い費用対効果を目指して、国、民間企業をあげて、新しいシステムを構築すべき時に来ているのではないかと考えます。

 

 

 

【文献】

1) 母子保健法第1章第5条(国及び地方公共団体の責務)、第2章第13条(健康診査)

2) 厚生省児童家庭局長:先天性代謝異常検査等の実施について. 別紙 先天性代謝異常検査等実施要綱. 昭和52年7月12日(児発第441号通知)

3) 日本医学会:医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン. 2011.2

4) 窪田満:タンデムマス・スクリーニングと今までのスクリーニングの違いは?小児内科46; 431-436, 2014

5) 大日康史:タンデムマス・スクリーニングの費用対効果は? 小児内科46; 456-459, 2014

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.50(窪田先生)