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JaSMIn通信特別記事No.44

作成日:2020.07.31

プロピオン酸血症と心臓合併症

 

国立成育医療研究センター研究所マススクリーニング研究室  但馬 剛

 

 生命を形作る主要な物質は「有機物」と呼ばれ、炭素 (C) と水素 (H) で構成される基本骨格(炭化水素)に酸素 (O), 窒素 (N), 硫黄 (S) などが付加された形をしています。炭化水素骨格にカルボキシル基 (-COOH) が付加された有機物は「カルボン酸」と総称され、構造の違いによってそれぞれ「○○酸」と呼ばれます。よく知られたものとしては、例えば乳酸・酢酸・クエン酸などが挙げられます。生体内では新陳代謝によって多種多様なカルボン酸が生成されますが、有害なものは一定以上に蓄積しないようにコントロールされています。

 身体にとって有害なカルボン酸が処理できずに蓄積すると、血液・体液が酸性に傾いて、様々な症状が出現します。このような一群の病気を総称して「有機酸代謝異常症」と呼んでいます。原因となるカルボン酸は、主にアミノ酸の代謝過程で生じるもので(図1)、今回取り上げる「プロピオン酸血症」は、最も代表的な有機酸代謝異常症です。

 

図1 アミノ酸とアンモニア・有機酸

 

1. 原因

 必須アミノ酸であるバリン・イソロイシンの代謝経路で働く酵素「プロピオニルCoAカルボキシラーゼ」の機能が低下することによって、プロピオン酸・メチルクエン酸などの有機酸が蓄積します(図2)。「常染色体劣性」と呼ばれる遺伝形式(=両親がそれぞれ変異のある遺伝子を伝えることで子が患者となる)を示します。

 

 

図2 プロピオン酸血症の代謝障害部位

 

2. 主な症状と治療

 重症例の場合、典型的には出生後の哺乳開始とともに、血液・体液が急激に酸性化して、活気低下・嘔吐などが現れ、次第に昏睡状態となります。重症度に応じて様々な月齢・年齢で(主に乳幼児期)初発します。この発症形態を「急性代謝不全」と呼びます。このような症状が現れた場合は、有害な酸の元になるアミノ酸が血液中に増加するのを止めるため、食事からのタンパク質の摂取は控え、十分なブドウ糖を点滴投与して筋肉のタンパク質の分解を抑えます。加えて、蓄積した有機酸の排泄を促すビタミン(カルニチン)の投与や、アルカリ剤の投与による血液 pH の是正などが行われます。

 急性症状が軽快した後も、嘔吐を繰り返したり、食事が進まず発育が遅い、徐々に発達が遅れる、などの症状を示す場合が少なくありません。症状や検査値の推移を見ながら、タンパク質・アミノ酸の摂取制限、カルニチンの服用などを続け、体調不良時は「早めの受診→ブドウ糖点滴」で急性症状を防ぎます。

 症状のコントロールが困難な重症例に対しては、肝移植の実施が考慮されます。これは、肝臓そのものが悪くなっているためではなく、移植される肝臓が持つ正常な酵素を補うことで、症状を改善させるという治療です。

 

3. 新生児マススクリーニング

 有機酸代謝異常症では、代謝が停滞して細胞内に蓄積したカルボン酸が、カルニチンと結合して細胞外へ放出され、血液中に増加します。これは「アシルカルニチン」と呼ばれるもので、由来するカルボン酸に応じた炭化水素骨格を維持しています。タンデムマス法による新生児マススクリーニングでは、この炭素数の違いによって、どのようなアシルカルニチンが増えているかを測定して、病気の可能性を判定します。プロピオン酸血症の場合は、炭素数が3個の「プロピオニルカルニチン」(「C3」と略記されます)をスクリーニングの指標としています。

 従来、症状を発症して診断される患者頻度が約40万人に1人と推計されていたのに対して、新生児マススクリーニングでは約45,000人に1人という、10倍近い高頻度で「患者」が見つかるようになりました。その原因として共通の遺伝子変異(PCCB遺伝子の c.1304T>C (p.Y435C) 変異)の存在が判明しています。この変異は、国内での高い頻度にも関わらず、発症患者での報告がないことから、新生児マススクリーニングで発見される「患者」の大半は軽症例と考えられるものの、長期予後や治療管理の必要性などに関する見解は確立していません。類縁疾患であるメチルマロン酸血症との比較を表1に示しました。

 

表1 プロピオン酸血症の特徴(メチルマロン酸血症と比較して)

 

4. 新生児マススクリーニング発見症例の予後調査

 そこで2015年度から、新生児マススクリーニング発見例の症状経過に関する調査を進めたところ、回答が得られた症例(最長20歳までの症例が含まれています)は全てほぼ無症状で経過しており、その多くは無治療ないしカルニチン内服のみで経過観察されていました。また、少なくとも7割程度が前出の共通変異を有していることが判明しました。

 これに対して、発症して診断された患者さんの場合は、その後も幼少期を中心に感染症などを契機として増悪を繰り返すことが少なくないことが知られています。このように対照的な経過から、新生児マススクリーニングで発見される「患者」の大半は、急性代謝不全症状や、成長・発達の遅れなどを起こすリスクが極めて低いものと考えられます。

 

5. プロピオン酸血症と心臓病変

 新生児マススクリーニング発見例の調査と並行して、発症後診断例の調査を実施したところ、急性代謝不全症状や成長・発達遅延以外の主要な臨床所見として、心臓機能の異常が複数の症例で認められました。具体的には、心臓の血液拍出機能が低下していく「心筋症」の所見や、重大な不整脈発作を起こす「QT延長」と呼ばれる心電図異常です。近年、このような心臓の異常を併発したプロピオン酸血症患者の報告は世界的に急増しており、長期的な予後に影響する因子として重視されるようになっています。

 

6. 今後の課題

 心臓の異常は、急性代謝不全などの症状歴の有無に関わらず生じていることから、わが国の新生児マススクリーニングで発見される患者さんについても、心臓への長期的な影響について、軽々には否定し難いのが現状です。従って、定期的な心電図検査や心臓超音波検査などを加えた経過観察を続けることが望まれますが、この方法では結論を得るのに長い年月が必要となってしまいます。そこで、原因不明の心筋症やQT延長を有する成人の患者さんを対象に、基礎疾患としてプロピオン酸血症の有無を調べる研究を進めることにしました。先に尿を分析して、プロピオン酸血症が判明した場合は遺伝子解析を行い、共通変異p.Y435Cの有無を確認する計画です。これによって、新生児マススクリーニングで発見される大多数の軽症例を「患者」として扱う必要性について、より短期間で見解を提示したいと考えています。

 

 

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JaSMIn通信特別記事No.44(但馬先生)