代謝異常症が原因で発症する脳症 ~代謝性脳症~
東京女子医科大学 小児科
総合母子保健センター 愛育病院 小児科
伊藤 康
1. はじめに
グルコーストランスポーター1(glucose transporter type 1; GLUT1)欠損症は、エネルギー源であるグルコースが脳に取り込まれないことにより生じる代謝性脳症で、1991年に小児神経科医であるDe Vivoらにより初めて報告されました1)。本症は糖質代謝異常症に分類されますが、代謝専門医というよりは、むしろ小児神経科医が主治医となって診ている先天代謝異常症です。本稿では、先天代謝異常症における中枢神経系合併症であり、患者さんの病状や生活に大きく影響を及ぼす代謝性脳症について解説したいと思います。
2. 脳症とは
脳症は、脳の機能やシステムを変化させるあらゆる脳疾患に対する用語で、(1) 意識変容状態(いつもの覚醒意識状態とは異なる状態)、(2) 認知機能や人格の変容(知的能力・記憶力・判断力や、性格などの様子が変わること)、(3) てんかん性/非てんかん性発作(脳に由来する発作)などの症状うち2つ以上が存在します2), 3)。脳脊髄液で炎症性細胞の増加がみられる脳症を脳炎と呼びます。脳症は、感染性病原体(細菌、ウイルス、プリオン)、代謝またはミトコンドリア機能異常、脳腫瘍または頭蓋内圧亢進、有毒物質(溶媒、薬物、放射線、塗料、工業用化学物質、特定の金属など)への暴露、頭部慢性外傷、栄養不良、または脳への酸素/血流の欠乏などの様々な原因によって引き起こされます2)。代謝異常が原因となり発症する脳症が代謝性脳症ということになります。
一般的な神経学的症状は、記憶および認知能力の進行性喪失、気付かないうちに進行する人格変化、集中力の低下、眠気、および意識レベルの低下などの進行です2)。その他の神経学的症状には、ミオクローヌス(本人の意思とは無関係に起こる筋肉のピクツキ)、眼振(眼球の持続的な揺れ動き)、振戦(身体の一部に起こる震え)、筋力低下と筋萎縮(力が出せなくなり筋肉がやせていくこと)、認知症、てんかん性/非てんかん性発作、および嚥下力(飲み込む力)または会話能力の喪失などがあります。
3. 代謝性脳症とは4)
黄疸(皮膚や白目が黄色くなる症状)のある新生児で治療がなされなかった場合、長時間の低血糖にさらされた場合、十分な酸素供給ができずに脳内エネルギー代謝障害をきたした場合に、それぞれビリルビン脳症、低血糖脳症、低酸素脳症など、後天的に発症する代謝性脳症もありますが、ここでは遺伝性の先天代謝異常症が原因となり発症する代謝性脳症を取り上げることにします。
先天性の代謝性脳症を起こしうる先天代謝異常症は、臨床症状の主症状と進行度に応じて、4つに分類されます(表1)。下線の疾患はJaSMInでも登録されている疾患です。
(1) 代謝性クリーゼ(危機状態)を伴う急性劇症型
有害物質の血中での増加やエネルギー産生システムの障害によって急激に発症し、全身状態が悪化し、生命を脅かす危険な状態に陥るような経過をとります。あらかじめ診断がついていることは少なく、通常の救急医療に加えて、代謝救急診療ガイドラインに沿った迅速な治療が必要です。
(2) 亜急性進行性てんかん性脳症
病気が急激に進行するのが急性、病気が進行しない、あるいは極めてゆっくり進行するのが慢性、その間で急激ではないが徐々に進行するのが亜急性という進行度になります。亜急性進行性脳症の呼び方だけでも良いのですが、てんかんを合併することが多いこともあり、原文通り、ここではてんかん性脳症と表記します。ただ、てんかん性発作がコントロールできないことで、脳機能が低下し退行する(今までできていたことができなる)という一般的な概念ではなく、脳症の症状の1つとして、てんかんがあると考えてください。従って、てんかんを合併しないてんかん性脳症もあり得ます。このカテゴリーの脳症は、抗てんかん薬による対症療法も重要ではありますが、薬剤による過剰治療が脳症を悪化させうることにも注意が必要で、やはり原疾患となる代謝異常症の治療が優先されるべきです。
(3) 多臓器障害を伴わない慢性脳症
極めてゆっくり進行するので、脳症症状が現れた時点では手遅れですが、逆に、新生児マススクリーニングやその他の症状で早期発見・治療ができれば脳症への進行を防ぐことが可能なカテゴリーとも言えます。
(4) 多臓器障害を伴う慢性脳症
別の臓器障害を合併している点で、脳症の対処だけではすまされず、また、早期発見の手がかりや有効な治療法もあまり確立されていないのが現状です。
表1 先天代謝異常症が原因で発症する代謝性脳症の病型と疾患 4)
4. 代謝性脳症の診断について4)
出生後まもなくから、意識がうとうと状態からひどいと無反応状態、易刺激性(わずかな刺激でモロー反射が出やすかったり、四肢をカタカタ震わせる状態)、眼球の異常な動き、哺乳や嚥下の困難、呼吸の異常、脳性啼泣(かん高い泣き声)、全身の筋緊張異常(力がぬけすぎたり、過剰に入りすぎて、からだの動きが悪くなる状態)、ミオクローヌス(突然ピクッとする筋肉の不随意な収縮)、てんかん性あるいは非てんかん性の発作、不安定な体温、消化管の運動異常などの症状を認めたら脳症を疑いますが、これらはいずれも代謝性脳症にだけ見られる症状というわけではありません。しかし、① 神経系の複数の部位(脳、視覚や聴覚等の特殊感覚、末梢神経、骨格筋、自律神経系)の合併症、② 複数の臓器系(心臓、肝臓、皮膚、目など)の合併症、③ 原因不明の反復性嘔吐、肺疾患のない状態での多呼吸、または身体形態または尿臭の異常などの全身症状、などが認められる場合には先天性代謝異常症を疑い、早急に診断の鑑別を進めていく必要があります。
運動失調(坐位や歩行時のふらつき、手先の不器用、言葉のもつれ)、ジストニア(持続的に筋収縮が起こることによる身体のねじれ、動き、姿勢異常)、痙性(手足の突っ張り)、パーキンソニズム(ゆっくりな動作や震え)、舞踏病(踊るような動き)、ミオクローヌスなどの運動異常症は、先天代謝異常症における慢性神経症状として非常に重要で、複数あわさって認められることが多いようです5), 6)。運動異常症を伴う一部の先天代謝異常症では病状の進行を抑える治療法が存在し、特に食事や運動負荷などにより症状が変動する場合には、代謝性脳症を鑑別疾患として考える必要もあります。
第一段階では、一般的な血液、尿、髄液検査および画像検査を行い、低血糖症、低ナトリウム血症、低カルシウム血症、または低酸素症など、即時の治療を必要とする異常を明らかにし、代謝性疾患が原因でない急性脳症を鑑別します。これらには、低酸素性虚血性傷害、頭蓋内出血、外傷、脳卒中、静脈血栓症、先天性心疾患の脳機能への影響(低酸素症、虚血など)、中枢神経系感染症、および中毒が含まれます。さらに、腎臓、心臓、または肝細胞機能障害などの他の臓器の関与(合併症)を明らかにすることにもなります。代謝性脳症であったとしても、出生時の状態で新生児仮死とみなされてしまう危険性もあり、子宮破裂、胎盤剥離、胎児または新生児の循環停止の場合など、周産期の循環およびガス交換における深刻で危険な状態が明確に存在する場合にのみ周産期低酸素性虚血性脳症(による仮死)と診断する必要があります。
第二段階では、代謝異常症のカテゴリーを特定することを目的にしており、血液、尿、髄液検査および画像検査で追加検査を行い、さらに、第三段階として、組織のサンプリングにより酵素的定量またはDNA遺伝子分析を行うことになります。
血縁関係、既知の先天性代謝異常症の存在、反復性の流産歴、または同胞の乳幼児死亡の有無を確認するために、家族歴を確認する必要もあります。神経画像検査として、頭部超音波やCT検査は診断の手がかりを提供でき、出血や主な脳形成異常などを早期に発見できます。MRI検査が最も有用で、診断に結びつくような特徴的な症状を持たない多くの症例で確定診断を得ることもあります。
5. 最後に
神経細胞は、ある程度の再生や修復が行われることが最近分かってきましたが、それでも年齢とともにその数を減らしていきます。加齢で脳の機能も衰えていくため、新しいことを覚えづらくなるし、今まで獲得した能力も失っていきます(=老化)。先天代謝異常症が原因で発症する代謝性脳症では、神経症状の出現だけでなく、この老化も若い年齢から始まり、疾患によっては急速に、かつ不可逆的に進行します(=退行)。先天代謝異常症による神経傷害を予防、または軽症化するためには、まだ発症していない新生児期にマススクリーニングが行われることや、治療法が存在する疾患については見逃すことなく、早期に発見することが重要です。
参考文献
1) De Vivo DC, Trifiletti RR, Jacobson RI, Ronen GM, Behmand RA, Harik SI. Defective glucose transport across the blood-brain barrier as a cause of persistent hypoglycorrhachia, seizures, and developmental delay. N Engl J Med 1991; 325: 703-709.
2) Office of Communications and Public Liaison, National Institute of Neurological Disorders and Stroke, National Institutes of Health. NINDS Encephalopathy Information Page.
https://www.ninds.nih.gov/Disorders/All-Disorders/Encephalopathy-Information-Page
Accessed 29 Apr. 2020.
3) Fenichel GM. Altered states of consciousness. In: Fenichel GM, ed. Clinical Pediatric Neurology: A Signs and Symptoms Approach. 4th ed. Philadelphia: WB Saunders; 2001: p.47−76.
4) Ichord RN. Perinatal metabolic encephalopathies. In: Swaiman KF, Ashwal S, Ferriero DM, Schor NF, eds. Swaiman’s Pediatric Neurology, 5th ed: Principles and Practice. China: Elsevier Saunders; 2012: p.100-119.
5) Ebrahimi-Fakhari D, Van Karnebeek C, Münchau A. Movement Disorders in Treatable Inborn Errors of Metabolism. Mov Disord 2019; 34: 598-613.
6) Galosi S, Nardecchia F, Leuzzi V. Treatable Inherited Movement Disorders in Children: Spotlight on Clinical and Biochemical Features. Mov Disord Clin Pract 2020; 7: 154-166.
全文PDFは以下からダウンロードできます。