在宅人工呼吸器について
市立豊中病院 小児科 濱田 悠介
1. はじめに
先天代謝異常症の中には特に呼吸器の症状が強い病気がいくつかあります。また、神経症状がすすみ、在宅人工呼吸器が必要になることもあります。呼吸の問題がどのような形で起きるかはそれぞれの病気や患者さんそれぞれで違うのですが、基本的な考え方や最新のトレンドなどを紹介したいと思います。
2. 呼吸とは?
内呼吸(細胞呼吸);血液と細胞とのガス交換と、外呼吸;外界と血液のガス交換の2つにわけられます。内呼吸は細胞が酸素と糖質などの栄養からエネルギーをうみ出し、二酸化炭素を出すことです。外呼吸は生物が外界から酸素を取り込んで、二酸化炭素を出すことを言います。つまり、酸素を体に取り入れ、栄養とともに細胞内でエネルギーをうみ出すことが呼吸といえます。例えばミトコンドリア病では細胞呼吸がうまくいかない、つまり酸素と栄養からエネルギーをうまく生み出せないといえます。今回は外呼吸、つまり空気から体に酸素を取り込めない状態について説明します。
3. 呼吸の症状
呼吸の問題は大きく二つに分けられます。酸素を肺で血液に吸収しにくい場合と、空気を肺で交換しにくい場合です。酸素を肺で十分に吸収できないのは肺炎や無気肺などの場合です。一方、空気を肺で交換できない場合は空気の通り道に問題がある場合や呼吸の筋力が低下している場合、さらには脳での呼吸の調整がうまくいかない場合などがあります。酸素の吸収に問題があると普段の酸素飽和度が下がることが増えたり、換気に問題がある場合には血液検査での二酸化炭素の濃度が上昇したりします。
徐々に呼吸に問題が出てきているときに最初に問題となることが多いのは睡眠です。睡眠中は呼吸が浅くなったり、いびきが出たりしますが、これらの程度が強くなり、睡眠の質が低下します。これにより、日中眠気が強くなり、活気がなくなったり、場合によってはけいれんが増えたりします。疑わしい場合にはパルスオキシメトリーという酸素飽和度を長時間記録する検査を受ければスクリーニングできますので、主治医の先生と相談してみてください。
4. 先天代謝異常症と呼吸症状
先天代謝異常症はさまざまな酵素の働きが弱くなるので、いろいろな形で呼吸に影響が出てきます。呼吸症状が出やすい疾患の呼吸症状について具体的に説明します。
(1) ムコ多糖症、ムコリピドーシス
ムコ多糖が全身に蓄積する疾患です。ムコ多糖が扁桃や舌などに蓄積して、それらが大きくなることで、いびきが出ます。骨の症状としては肋骨が太くなることで胸郭の動きが硬くなったり、側弯のために胸郭が広がりにくくなります。軟骨にも蓄積することで、気管や喉頭が柔らかくなり、ひしゃげやすくなります。神経の症状も進んでくると誤嚥性肺炎や中枢性無呼吸もでてきます。早い段階から呼吸管理が必要になることが多いです。
(2) ポンぺ病
グリコーゲンが筋肉に蓄積して、筋力が弱くなる病気です。特に呼吸筋が弱くなりやすいことと、側弯の影響で胸郭が広がりにくくなります。早期の症状としては夜間の換気障害により、二酸化炭素がたまることで頭痛が出ててきます。幼児であれば朝起きた時に不機嫌など分かりにくい場合もあります。痰を出すことが難しくなることも多く、そのサポートが必要になることが多いです。
(3) その他、進行性の中枢神経症状のある疾患
テイサックス病やニーマンピック病C型などのライソゾーム病やミトコンドリア病では神経症状が進むことにより、誤嚥性肺炎や中枢性無呼吸、側弯による上気道や胸郭の変形のために、呼吸の補助が徐々に必要になることがあります。肺炎を契機に気管切開となることが多いです。
5.在宅人工呼吸器について
在宅人工呼吸器で主に小児で使用するものは、持続陽圧呼吸療法(CPAP)、2相性陽圧換気療法(BiPAP)の2種類あります。CPAPはマスク、BiPAPはマスク、気管切開カヌレにそれぞれ対応しています。また、ネーザルハイフロー療法も在宅で可能になりつつあります。
スマホをはじめとして、いろいろなところで機械が進化しているのと同じように、在宅人工呼吸器も進化しています。実際にその機械が利用できるかは各病院で違うことと、小児ではまだ使用できないのものもありますので、ここで紹介するものにご興味を持たれましたら、主治医の先生とご相談ください。
呼吸療法と最近のトピックやトレンド、最新機種を紹介します。
(1) 持続陽圧呼吸療法(CPAP)
閉塞性睡眠時無呼吸症候群が最も良い適応です。成人では肥満により上気道の閉塞があり、いびきが強く、日中傾眠傾向になる場合などに用いられることが多いです。小児では、扁桃肥大や骨格の問題で上気道に問題があり、夜間いびきが強く、日中の活気がない場合や発達に影響が出ているような場合に用いられます。鼻、もしくは口と鼻を覆うマスクを装着して使用します。
(2)相性陽圧換気療法(BiPAP)
マスクもしくは気管切開カヌレに装着して使用します。いわゆる人工呼吸器はこれにあたります。ある一定の圧をかけながら、本人の呼吸に合わせて空気を送り込んで呼吸をサポートします。設定の仕方についてはいくつか考え方がありますが、基本的には本人が呼吸をしようとしているタイミングで空気を送り込めることと、空気が肺にしっかり入ること、酸素飽和度が安定し、呼吸による症状が改善することを目標に行います。
基本的な設定に加えて、数種類あらかじめ違う設定を入れておくことが可能な機種が多いです。風邪気味でしんどい時、起きてるとき、寝ているときなどその時々に合わせて簡単に設定を記憶させておくと便利です。小児では主に圧を調整して設定を行います。これに合わせて、肺に入れる空気の量を設定しておいて、ある程度圧を自動的に調整するモードを選べる機種もあります。本人の体調に自動的に機械が合わせてくれるので、細かい調整が必要な場合には試すことが多いです。
(3) ネーザルハイフロー療法
近年、在宅でも使用が可能になりつつあります。もともとは入院中に酸素だけでは酸素飽和度が安定しない場合に、酸素と空気を大量に送り込むことで呼吸を安定化させることに使用されてきました。在宅では大量の酸素投与は困難ですので、大量の空気を専用の鼻に装着するプローブを介して、送り込みます。マスクの装着が困難な乳児や、いびきなどの上気道の閉塞による呼吸症状が日中もある場合には検討します。
(4) マウスピースベンチレーション
主に筋疾患の方に使われますが、マウスピースが人工呼吸器の回路の先端についており、これを口でくわえることにより空気が送り込まれます。日中も人工呼吸器に頼りたい時がある場合にマスクを使わずに簡単に利用できます。
(5) 加温式回路
機械から体へとつなぐホースを呼吸器回路といいますが、空気を加湿して肺へ送るので、回路内で結露して水が溜まってしまいます。途中で結露水を取り除くウォータートラップという小さなボトルをつけていましたが、近年はホースの周りか内部に熱線を入れて空気を温めることで結露をかなり減らせるようになりました。
(6) 排痰補助装置
痰を出しにくい、朝の吸引に時間がかかるなどがあれば、排痰補助装置を使用することができます。この装置は在宅人工呼吸器を使用している患者さんでは保険で認められています。詳細は触れませんが、最近では、カフアシストの機能だけでなく、体の外から巻いて揺らす高頻度胸壁振動療法や肺内パーカッション療法の機能も持つComfort Cough IIという機種が出てきており、腹臥位と合わせるなど、使い方やタイミングなど従来のものより多彩になっています。
(7) 最新機種の紹介
在宅人工呼吸器は新たな時代を迎えつつあります。日本国内で最近認可された新機種を2種類簡単に紹介します。詳細はインターネットで一度見てみてください。また、ほかの機種も今後登場する予定ですので、今後数年で在宅人工呼吸器の様子が変わっていくと考えています。
① VOCSN
人工呼吸器の機能だけでなく、吸引、酸素濃縮器、排痰補助装置が一台にまとめられており、従来の在宅人工呼吸器の変わらないサイズにまとめられています。
② Vivo45
2020年2月に国内で認可された最新機種です。サイズがかなり小さくなりました。ベルトを巻くことで呼吸努力の評価が可能になり、設定の調整がより正確にできるようになっています。
6. 最後に
在宅人工呼吸管理は日進月歩で、さまざまなところで改善が試みられています。私自身の専門は先天代謝異常症なので、いわゆる呼吸器疾患の専門家ではありませんが、メーカーの方や業者の方たちに教えて頂きながら診療をしています。在宅人工呼吸器は以前より格段に扱いやすくなりましたが、災害時の対応や加湿器などの課題もあります。今後徐々に解消されていくと期待しています。
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