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JaSMIn通信特別記事No.38

作成日:2020.01.20

副腎白質ジストロフィー

保険診療による診断検査と新生児スクリーニング導入に向けて

 

岐阜大学 科学研究基盤センター ゲノム研究分野

医学部附属病院 小児科/ゲノム疾患・遺伝子診療センター/検査部難病検査室 下澤 伸行

 

 副腎白質ジストロフィー(ALD)はX連鎖性遺伝形式をとる指定難病で、大脳型では発症早期の造血幹細胞移植が唯一の治療法になります。診断が遅れると発症後数年で寝たきりになることが多く、早期診断が極めて重要ですが、幼児期から成人まで幅広い年齢層の男性に、落ち着きのなさや学習困難、視覚や聴覚異常、認知症など多彩な症状で発症します。そのため診断までに時間がかかることも多く、診断検査も通常の検査機関では保険適応になっていません。

 岐阜大学では長年、ALD&ペルオキシソーム病の診断拠点として全国の患者さんに診断結果を提供してきましたが、今回、新たに岐阜大学病院事業として保険診療による診断検査を実現しました。さらに患者さんの予後を改善させるには、発症前から診断して、定期的なフォローを行うことにより、大脳型発症確認直後に移植して病気の進行や発症自体を阻止することが期待されます。そのためには発端者の家系解析による発症前診断を広く進めるとともに、米国では既に実施されている新生児マススクリーニングを導入することも重要な取組みと考えています。

 今回の通信では岐阜大学病院における保険診療による診断検査と新生児マススクリーニング導入に向けての現状と課題、実現に向けての取組みについて紹介します。

 

1.岐阜大学病院における保険診療による診断検査の実現

 岐阜大学では約30年に渡り、国内唯一のALD&ペルオキシソーム病の診断拠点として、ALDの患者さんは女性保因者を含めるとこれまでに440例以上を遺伝子型も含めて診断しています。特に2004年にゲノム研究分野に診断機能を移設してからは、早期の移植が必要な大脳型発症疑いの患者に対しては2、3日で極長鎖脂肪酸と遺伝子解析結果を提供して迅速な移植に繋げています。さらに2019年秋からは岐阜大学病院事業として病院検査部に難病検査部門を立ち上げて、極長鎖脂肪酸検査を保険診療にて全国医療機関に提供しています。またALDが示唆された場合には別途、研究として遺伝子解析結果を無償で提供しています。既に3か月が経過した時点で、全国の大学病院をはじめとした医療機関の小児科、脳神経内科、遺伝子診療部より多くの受託解析の依頼を受けています。

 岐阜大学小児科からゲノム研究分野で長年、継続してきた研究の成果が岐阜大学病院事業として医療実装されたことにより、今後、将来に渡り継続して保険診療による精度管理されたALDの診断検査が迅速に提供されることが期待されます(図1)。

 

図1 岐阜大学病院による医療実装の取組み

 

2.岐阜大学における発症前診断から新生児マススクリーニング導入の取組み

 一方、これらの取組みを進めても発症から診断までに時間を要して移植も難しく、進行する症例が存在しています。そのため、岐阜大学では発症した患者を診断した際には患者の治療を優先した上で、発症前男性患者の発見、早期介入の重要性を主治医からご家族に理解してもらい、遺伝カウンセリングを伴う家系解析を推奨しています。実際にこれまでに発症前とアジソン型を含めると40例以上の男性患者を診断し、発症直後の移植に繋げています。

 また、米国ではALDが新生児スクリーニングの対象疾患として認められており、タンデムマスでの1次スクリーニング、疑陽性を減らすための液体クロマトグラフィータンデムマスによる2次スクリーニングを経て、陽性患者は専門施設で診断されています。岐阜大学でも全国マススクリーニング施設の受け皿として、陽性患者の診断機能を担い、国内導入を目指しています。そのために解決すべき課題と取組みについて以下に述べます。

 

(1)スクリーニング陽性患者の正確かつ迅速な診断

 現在のスクリーニング法ではALD男性患者以外に女性保因者やβ酸化系が障害されたペルオキシソーム病患者も陽性患者としてスクリーニングされ、その中には新生児期に発症する疾患や治療法のない疾患もあります。また、スクリーニングで陽性と説明を受けたご家族には診断までに不安な日々を送る可能性もあり、出来るだけ迅速に正確な診断と疾患情報を伝えることが重要です。岐阜大学では既にALDの発症前患者も含めて極長鎖脂肪酸と遺伝子解析を組み合わせた迅速な診断システムを提供しています。また、ALD以外の極長鎖脂肪酸の増加を来す症例に対しても、脂肪酸分析、生化学的解析、遺伝子解析からエクソーム解析にて正確な診断に繋げるシステムを構築しています。

 

(2)診断患者への対応と長期にわたるフォローアップ

 ALD男性患者では臨床型と遺伝子型との間に明らかな相関はなく、新生児期に診断しても児の予後を予測することは現時点では困難です。大脳型の発症時期は2歳から50歳以降、副腎不全も乳児期から40歳以降と幅広く、いずれも特異的な症状で発症するわけではありません。しかし、発症直後の対応が大脳型では知的予後、副腎不全では生命予後に直結するため、長期にわたる専門医による定期的な受診と検査が必要になります。そのためには全ての患者を全国レベルでもれなくフォローできるシステムの確立が望まれます。

 一方、ALD女性発症者では脊髄症状の発現はほとんどが成人以降で、現時点では予防法もないため、本人への介入は発症後、または児の出産を計画する時点での遺伝カウンセリングが推奨されています。

 

(3)スクリーニングにより発見された患者の家系解析を進める上での課題と重要性

 従来の新生児スクリーニング対象疾患は主に常染色体劣性疾患であるのに対し、ALDはX連鎖性疾患で、さらに同一家系内でも発症時期には幅があるため、新生児で発見された児の家系には幅広い年齢層で未診断の発症患者や未発症患者が存在する可能性があります。このため家系解析は更なる患者を発見できる可能性がある一方で、出生時に健康な児に対する難病の告知により不安が募るご家族に、さらに家系解析への理解を求めることは遺伝カウンセリングも含めて様々な課題が想定されます。そのため発見患者の家系解析を進めるにはALDの疾患特殊性を理解した医師に、遺伝カウンセラー、心理士などのチームによるきめ細やかな対応が不可欠になります。

 今後、X連鎖性も含めてより広い遺伝性疾患において、新生児スクリーニングが社会に受容されていくには個々の症例における遺伝カウンセリングだけでなく、中高生から遺伝と多様性への理解を深める教育が必要と思われます。最近、優性、劣性遺伝の用語の改訂が注目されていますが、遺伝性疾患も含めて病気や患者、保因者に優劣はないという多様性の本質を社会が共有していくことが大切と思います。

 

(4)ALDの新生児スクリーニングを導入する際に必要な診断体制の構築

 上記の(1)~(3)より、ALDの新生児スクリーニングを国内に導入して円滑に稼働するためには全国スクリーニング実施施設で発見された陽性患者を正確かつ迅速に診断する体制と患者の長期にわたるフォローアップ体制、さらに家系内解析を含めた遺伝カウンセリング体制の構築が重要になります。また、陽性患者の確定診断の費用などの問題も抽出されます。以上を踏まえ岐阜大学では陽性患者の受け皿としての機能を担い、正確かつ迅速な診断を保険診療で提供し、長期フォローアップに繋げるための支援体制を提案しています(図2)。

 

図2 岐阜大学病院によるALDスクリーニング支援体制(案)

 

 ALDは予後予測が難しくスクリーニングで見つけても直ぐに治療できないという課題に対しては、病型・予後予測法の開発が望まれます。一方、1/3の男性患者は18歳までに大脳型を発症する現状を踏まえると、副腎不全も含め、「重篤になる可能性のある患者を発症前に発見することが1人でも多くの患者の予後改善に繋がる」という観点に立って、行政や学会、研究班、患者会、スクリーニング実施施設、産科医等が協力してALD新生児スクリーニング国内導入を実現していくことが期待されます。今後も難病であるALD患者の明るい未来に向け、多くの方々と協力して歩んでいきたいと考えています。