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JaSMIn通信特別記事No.37

2019.12.25

CPT2欠損症のパンフレット作成秘話

3人寄れば文殊の知恵、4人寄れば?~

 

島根大学小児科 山田 健治、大澤 好充

 

1.はじめに

 JaSMIn通信の読者の皆様はCPT2(カルニチン・パルミトイルトランスフェーラゼ2)欠損症について、どのくらいご存知でしょうか?先程(2019年12月)、ホームページから登録状況を確認したところ8名が登録されていました。きっとほとんどの読者は「あぁ、今回の記事は自分たちに関係がないなぁ」と思われたかもしれませんね。でも、今回は病気について、と言うよりも、ちょっとした苦労話みたいなものなので、気楽にお付き合い下さい。

 そもそもJaSMInに登録されている方々の多くは「希少難病」とか「先天代謝異常症」という大きな概念でひと括りにされてしまいがちですが、実際に一つ一つの疾患は全く別の病気であり、また、同じ病名であっても重症度の違いや病気の進行具合が違うなど、患者さんや主治医が抱える問題は同じではありません。だからこそ、一つ一つの病気についても啓発活動は必要ですし、患者さんやご家族同士の情報交換が非常に大事です。一方、大きな概念で同じ「先天代謝異常症」だからこそ、違う病気であっても、分かり合えること、相談に乗ることが出来ることも多いと思います。

 意外と一つ一つの病気にはスポットが当たりにくい先天代謝異常症の世界で、CPT2欠損症に関しては、2018年、2019年と立て続けに主治医向けパンフレットと、患者さん(&ご家族)向けのパンフレットが出来ました。これは国立成育医療研究センターの但馬剛先生の研究の一環で作成されたものですが、僕はその作成に関与したので、ここでは、その作成秘話についてお話し致します。

 

2.CPT2欠損症とは?

 CPT2欠損症は先天代謝異常症の中でも「脂肪酸代謝異常症」と呼ばれる病気の一つです。脂肪酸代謝異常症とは、文字通り「脂肪(身体のエネルギー源)が代謝できない(使えない)病気」で、特に肝臓や心臓、筋肉、脳などがエネルギー不足によって上手く働かなくなります。医学書にはしばしば「長時間の絶食、激しい運動、発熱、嘔吐・下痢などで低血糖、肝機能障害、筋肉痛・筋力低下などが起きる。時に急性脳症や心筋症、突然死に至ることもある」等と記載されています。ただ、一口に「脂肪酸代謝異常症」と言っても、やはり病気によって少しずつ特徴は異なります。そして、CPT2欠損症の特徴は「他の脂肪酸代謝異常症と比べても突然死が多い」ことでした。そのため、2018年度から新生児マススクリーニング(新生児マススクリーニングについての説明は割愛します)の対象疾患となり、発症前診断することで突然死や急性脳症などの発作を予防することが可能な病気となったのです。

 しかし、実際にはCPT2欠損症と診断されながらも突然死で亡くなられた患者さんが複数名いることも分かっていました。そこで、CPT2欠損症の患者さんが診断された後で突然亡くならないように、主治医と患者家族に改めて注意喚起する、という目的でパンフレットを作成することになりました。

 

3.主治医向けパンフレット

 先天代謝異常症は希少疾患であり、病気のパンフレットや資料集は大変珍しいです。中でも脂肪酸代謝異常症のパンフレットはこれまで作成されたことがなく、完全に手探り状態からのスタートでした。また、この企画がスタートした当時は2017年で、1年後にはCPT2欠損症の新生児マススクリーニングが始まることは決まっており、2018年度には主治医のもとにパンフレットを届けたい、という気持ちが先走りました。一方で、CPT2欠損症は「このくらいの発作なら大丈夫」という線引きが非常に難しい疾患で、専門家同士であっても必ずしも一定の見解はありません。

 結局、時間の余裕がないことと、患者さんと主治医では知りたいことが違うのでは、という理由から、まずは「医師向け」と「患者さん向け」で別々にパンフレットを作り、まずは主治医向けに取り掛かりました。

 多くの小児科医にとって耳馴染みのない病気とは言え、CPT2欠損症を始めとした新生児マススクリーニングの対象疾患は、新しく診療ガイドライン(医者向けのガイドブックのような教科書)が作られており、これを基本に肉付けするという作業のため、比較的スムーズに出来上がりました。もちろん、スムーズと言っても、「今、思えば」という意味で、当時は「産みの苦しみ」を味わっていました。言い回しやレイアウト、色使い等、内容以外にも決めなければならない事は多岐に渡っていました。ただ、それでも、次にお話しする「患者(家族)向けパンフレット」に比べると随分と楽だったなぁ、と当時を振り返られる訳です。

 

4.患者(家族)向けパンフレットは紆余曲折して・・・

 ようやく本題です。僕の話はいつも前フリが長いと言われるのですが、今回もそうなってしまいました。反省。

 患者・家族向けのパンフレットは主治医向けパンフレットが完成してから取り掛かりました。パンフレット作成のノウハウも身に付いていたので、主治医向けと同じか、それよりも短い時間で完成すると思っていましたが、考えが甘かったです。

 患者・家族向けのパンフレットなので当たり前ですが、内容を相談する相手は患者さん自身やそのご家族が中心になります。また看護師さんにも入ってもらいました。主治医向けパンフレットは基本的に専門家(医師)同士の相談だけだったので、患者・家族向けパンフレット作成の中で、多職種、様々な立場の方の意見を取りまとめる事は大変難しかったです。

 最も大変だったのは、当たり前と言えば当たり前ですが、「お医者さんが患者さん(ご家族)に知っておいて欲しい内容」と「患者さん(ご家族)自身が考える、患者さんに知っておいて欲しい、伝えたいと思う内容」には大きなギャップがあったことです。僕たち(医師)はどうしても「病気の正確な知識を知ってもらいたい」と思うのですが、患者さん(ご家族)からは「なんでうちの子が・・・、なんで私だけがこんな不幸なことに・・・」という診断直後の孤独感や絶望感に寄り添うことが大事というご意見がありました。全部盛り込もうとすると、パンフレットではなく小冊子くらいになりそうな勢いで、そんな分厚い本を、我が子が病気と診断された直後に読む元気があるのかという疑問も出てきました。しかし、「インターネットなどを使っても病気の情報が非常に少ないので、情報がたくさんあるのは良いことでは?」という患者家族の意見もあり、まずはボリュームを気にせず作り始めました。「Q&A方式が分かりやすい」という意見があれば、それを取り入れ、「救急外来受診の目安をフローチャートに」というアイデアも盛り込み、「子どもの成長に伴って学業や部活動の心配もあるよね」と言う意見も、なるほど大事だけど・・・ウギャーーー ! ! !

 この辺りで僕の頭は限界でした。「ウン無理、無理。まとまらない。パンフレット作成に色んな立場の人を集めたけど、これなら自分ひとりで作った方が楽じゃん」と一度は諦めかけました。でも、やっぱり色んな立場の人が集まる場って大事なんですよね。その時「基本に立ち返って、このパンフレットは“赤ちゃんがCPT2欠損症と診断された直後に読むもの”なんだから、その時のご家族に寄り添える内容にすべき」って言ってくれた方がいたのです。診断直後のご家族には病気の正確な知識も、離乳食の話も、学校のクラブ活動についても不要なはずです。これで方針がある程度定まりました。せっかく作ったQ&A集は(もったいないので)パンフレットにリンク(QRコード)を貼り付けて、所定のホームページに誘導することで「もっと知りたい人」に情報提供できる形にしました。いやはや、本当に色んなアイデアが出るものですね。「船頭多くして船山に登る」という言葉もありますが、その言葉の通り当初は人が多く意見がまとまらず苦労しました。しかし、やはり様々な立場の人がサポートしてくれるのは心強いですし、仲間は3人よりも4人、4人よりも5人が良いんだと身に沁みました。タイトルの続きは「4人寄れば文殊以上の知恵が湧く、かも」です(笑)。

 

これらのパンフレットは国立成育医療研究センターマススクリーニング研究室のホームページ(http://nrichd.ncchd.go.jp/massscreening/original/mainpage.html)から閲覧、ダウンロードできます。

 

5.さいごに

 まとまりのない話になりましたが、今回伝えたかったことは医師主導で病気のパンフレットを作るのは大変な上に、もしかしたら患者さんのニーズに応えられていない可能性が高い、と言う事です。今回、CPT2欠損症のパンフレットは患者さんやご家族の意見を盛り込んだからこそ満足のいくものが出来上がりました。しかし、人が集まると内容をまとめるのは難しくなる場合もあります。他の病気でも、同じようなパンフレットを作りたいと言う気持ちはありますが、患者さん目線で寄り添うような内容のものは、すぐには出来ないだろうな、とも思っています。でも、今も新生児マススクリーニングで、あるいは発症後に先天代謝異常症と診断されるお子さんがどこかで生まれ、不安に押しつぶされているご家族がおられます。だからこそ、JaSMIn通信を見られている皆様には、そのようなご家族の助けになって頂けたらと思います。

 患者会への参加だけでなく、SNSで一言つぶやくだけでも良いのです。僕らが苦労して作るパンフレットよりも、皆様の一言の方が患者さんやご家族の救いになるのかな、と思っています。そして、もし病気のパンフレット作りの話が来たら是非協力して下さい。宜しくお願いします。