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JaSMIn通信特別記事No.36

2019.12.09

2019年版診療ガイドラインにおける

フェニルケトン尿症の治療基準の変更について

 

日本大学医学部小児科学系小児科学分野(日本大学病院) 石毛 美夏

 

1. はじめに

 遡ること40余年、昭和52年(1977年)に日本全国でフェニルケトン尿症(PKU)を含む5つの病気の新生児マススクリーニング検査が公費で開始されました。フェニルケトン尿症はアミノ酸のひとつであるフェニルアラニンを体内で分解する酵素の働きが弱く、フェニルアラニンが分解できずに血液中で増加し、神経を障がいすることにより神経発達の遅れやけいれんをおこす病気です。症状がでる前にスクリーニングで早期発見し、ただちにフェニルアラニン除去ミルクと低タンパク食による治療を開始することにより、予後が大幅に改善し、ほぼ全員が元気に成長して普通学級に通い進学し就労できるようになりました。平成の31年を超えて令和の時代を迎え、スクリーニング開始当初は乳幼児が中心であった患者さんの年齢構成はかわり、半数は社会人となり、治療は小児期だけでなく成人後も重要ということがわかってきました。

 

2. フェニルケトン尿症の治療

 フェニルケトン尿症の治療の基本はフェニルアラニン除去ミルクと低タンパク食による食事療法であることに40年前も今もかわりはありません。フェニルアラニン除去ミルクと低タンパク食は治療の両輪であり、どちらが欠けても成立せず、両者を十分に行う必要があります。マススクリーニング開始当初は食事療法のみが唯一の治療法でしたが、1999年に一部の患者さんでは、テトラヒドロビオプテリン(BH4、商品名:ビオプテン)という薬を服用することで食事療法を軽減できることがわかり、10年ほど前から国内でも広く行われています。しかし、幼児期以降の食欲が上がる時期になるとビオプテンを最大量使用しても血中フェニルアラニンが上昇してしまうこともしばしばあり、食事療法を完全にやめられる方は多くはありません。加えて、味覚や食習慣の確立した幼児期以降に食事療法を導入するのは非常に困難であり、ビオプテンで食事療法を軽減できる患者さんでも除去ミルクは中止せず飲み続けることをおすすめします。

 また、女性患者さんの場合、コントロールが不十分なまま妊娠してしまうと、胎児の流産や死産をおこしたり、出生児に脳や心臓の奇形・治療不可能なけいれん・重度の発達の遅れがおきてしまうため(マターナルPKUといいます)、妊娠前(=受精前)から出産まで血中フェニルアラニンを2~6mg/dL(120~360μmol/L)に下げられるよう、十分な治療の下で計画妊娠を行うことが必要です。

 

3. フェニルケトン尿症の治療の目標とその歴史

 新生児マススクリーニングが開始された当初は、早期に治療できた患者さんが成人後にどうなるかという情報はまったくなく、脳の発達に重要な乳幼児期だけ治療をして6歳で治療を中止できるとも考えられていました。血中フェニルアラニンの治療目標は今よりもずっと高く、小学生以降では目標値すら存在しませんでした。今のような普通米から作られた低タンパク米もなくでんぷん米で、低タンパクの麺やお菓子類もほとんどなく、低タンパク食を十分に行うことも難しい状況でした。

 

表  血中フェニルアラニン治療目標値(日本)

 

 その後、この目標値で治療を行っても発達が遅れてしまう患者さんが少なからずいることや6歳前後に治療を中断した患者さんは成長後に様々な神経学的な問題点を抱えることがわかり、1995年に治療目標値が改訂されました。乳幼児期の目標は引き下げられ、小学生以降は年齢とともに緩和される治療目標値が設定され、治療は最低でも20歳まで、できれば生涯にわたり継続することが明記されました。2012年には、血中フェニルアラニン10mg/dL以上の患者さんでは脳のMRI画像で異常が見られる頻度が高いことなどから、高校生以上の目標値が引き下げられ、生涯治療継続の重要性について改めて強調されました。

 このように治療目標値は時代によって変更されていますが、国内でのフェニルケトン尿症の患者さんは欧米諸国に比べて少なく、治療目標値を国内の患者さんの情報だけで決めていくことはできません。欧米の論文や治療指針を参考にして決定します。最近は、小児期~成人期の不十分な治療により成人後に認知機能や心理社会的機能が低下してしまうことが世界的に問題となってきており、様々な論文が発表されています。2012年の国内での第2次改訂後に欧米では治療指針の変更が相次ぎ、2014年に米国では年齢・性別を問わず血中フェニルアラニンを2~6mg/dL(120~360 µmol/L)に維持することが推奨されました。これは、新生児マススクリーニングで発見され早期に十分な治療が開始できた多くの児が発達の遅れなく成人して就労し、社会生活を営める中高年となり、フェニルケトン尿症の治療の目的が幼小児期の発達の遅れを防ぐことだけでなく、成人後も認知機能や心理社会的機能を保ち、生涯にわたってよりよい社会生活を送れることを目標とした結果によるものです。

 また、元気に成人する患者さんが増えたことで、妊娠される女性患者さんも増えています。前述のように、妊娠を希望される場合は、一度緩めた食事療法から血中フェニルアラニンを2~6mg/dL(120~360 µmol/L)に戻さなければならず、治療を十分に継続もしくは再開して希望通り妊娠して元気な赤ちゃんを出産できる方が多いものの、治療中断や不十分な治療によりフェニルアラニンが下がらず妊娠が許可できない患者さんもおられます。さらに、フェニルアラニンが高いまま予定外の妊娠をしてしまい複数回の中絶を余儀なくされ心身ともに傷ついたり、産まれた子に治療困難なけいれんや重度の発達の遅れがでてしまうという問題が国内でもおきています。

 

4. 最新の血中フェニルアラニン治療目標値

 以上のことから、2019年版のフェニルケトン尿症治療ガイドラインでは、日本でも血中フェニルアラニンの治療目標値を妊婦を含む全年齢で26mg/dL120360 µmol/Lに統一することになりました。これにより、年齢・性別を問わず同じ目標値で安定して治療をすることが可能となり、乳幼児期の神経発達の面のみならず、成人後の様々な問題にも対応していけると考えています。この目標値は新生児マススクリーニング開始当初の治療目標からは予想もできないほど厳しい値ですが、今は低タンパクの米や治療用食品もかなり種類が増え、20歳以降も難病医療費助成制度によりフェニルアラニン除去ミルクやビオプテンを含む医療費が支援されるなど、食事療法やビオプテン内服をサポートする環境が改善してきたことも、治療目標を引き下げることができた要因の一つとなっています。

 

5. おわりに

 すでに小学校高学年以上の患者さんとご家族にとっては治療目標の引き下げとなり、戸惑っておられるのではないでしょうか。現在、フェニルアラニン除去ミルクと低タンパク食による厳格な食事療法を頑張り、普通学級に通い進学し成績もよく困っていないのに、さらに治療を厳しくする必要があるのかと考えておられるかもしれません。しかし、先に述べたように、新生児マススクリーニング開始直後に診断され治療を開始した国内外のフロンティアの患者さんたちは、そのときは問題がなくても、20歳になり中高年になり年齢を重ねるにつれて様々な困難に直面しています。後に続く若い患者さんたちに同じことがおきないように将来に向けての検討を行い、治療方針を変更し最善な対策をする、これは医学の進歩です。

 日本における新生児マススクリーニングの開始と患者さんの治療に力を注がれた故北川照男先生は「新生児マススクリーニングは、検査そのものや患者さんを見つけるだけではない。患者さんが元気に育って、日常生活を送り、生涯を全うすることが目的だ。」と語っておられます。今だけではなく、将来をみすえてその時代の医学に合わせた十分な治療を行い、生涯にわたってよりよい人生を送れるように前向きに治療を行っていきましょう。