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JaSMIn通信特別記事No.34

2019.09.04

ミトコンドリア病に対する酵素強化療法の開発について

 

千葉県こども病院 代謝科 志村 優

 

1. はじめに

 ミトコンドリア病は、遺伝子異常によりミトコンドリア呼吸鎖の働きが低下し、その結果、体の中でエネルギーとなるATPの産生量が低下し、多彩な症状を呈する疾患です。治療に関しては、多くのミトコンドリア病においては十分なエビデンスをもつ根本的治療法はなく、複数のビタミン剤や、補酵素、栄養療法や、症状に合わせた対症療法しかないのが現状です。

 5-アミノレブリン酸(ALA)は鉄と結合することで、ミトコンドリア呼吸鎖複合体II、III、IVおよびシトクロームCの構成要素となるヘムになります(図1)。

 

図1. ヘム合成経路

 

その後ヘムは、ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)によって、Fe2+、一酸化炭素(CO)、ビリベルジンへと分解されます。さらにビリベルジンは、抗酸化作用を有するビリルビンへと分解されます。過去に動物を対象に行われた実験では、ALA+クエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)の投与によってCOX活性やATP産生量の増加、呼吸差複合体の発現量を増加させることや、抗酸化、抗炎症作用を有するヘムの分解酵素であるHO-1の発現も亢進させることが報告されていました。それゆえ、ALA+SFCはミトコンドリア病の治療薬としてその効果が期待されていました。

 

 我々は、AMED村山班によって構築されたミトコンドリア病システムによりミトコンドリア病と診断された患者由来皮膚線維芽細胞を用いて、ALAおよびSFCの効果を検証し、ミトコンドリア機能を改善させることを世界で初めて明らかにしました。これは、ALA+SFCが残存する呼吸鎖酵素を強化することでミトコンドリア機能を改善させる、「酵素強化療法」としての有用性を示唆するものです。今回のJaSMin特別記事では、これらの結果をご紹介させていただきます。また、この研究結果は、2019年7月に『Scientific Reports』誌にオンラインで掲載されましたので、そちらもどうぞご覧下さい1)

 

2. 5-アミノレブリン酸(ALA)、クエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)とは

 ALAはもともと生体内に存在する天然のアミノ酸の一種であり、高い水溶性を呈し細胞毒性が低いため広くサプリメントとして利用されています。生体においてはグリシンとサクシニルCoAからヘムが合成される過程の中間代謝産物、ポルフィリンの前駆体として働いています(図1)。外因性に投与されたALAも全身の細胞に取り込まれ、いくつかの酵素反応を経て代謝されるとヘムとなります。また、癌細胞においては鉄が不足しているため、ヘムの前駆体であるプロトポルフィリンIXが蓄積し、その光感受性を利用して、癌の診断領域では既に実用化されています。鉄剤であるSFCは、鉄欠乏性貧血の治療に広く用いられている薬剤です。投与されたSFCは小腸上部から吸収されて、ヘモグロビン合成に利用されます。ポルフィリン代謝経路においては、Fe2+がプロトポルフィリンIXに導入されることでヘムが合成されます。ALA、SFCはともにヒトでの安全性が確認され、既に使用されている化合物です。

 

3. ALA、SFC、ALA+SFCの治療効果の検証

 正常皮膚線維芽細胞と、8例のミトコンドリア病患者由来皮膚線維芽細胞を対象としました(表1)。まず始めに、正常細胞においてALA、SFCおよびALA+SFCを様々な濃度で添加した培地を用いて2日毎に培地交換、計10日間培養を行い、酸化的リン酸化(OXPHOS)関連蛋白・遺伝子発現、ミトコンドリア酸素消費量、ATP産生量、HO-1発現、mtDNAコピー数の解析を行いました。ミトコンドリア病患者由来細胞はALA+SFC含有培地で、同様の培養を行った後に各解析を行いました。

 


表1. ミトコンドリア病の患者プロフィール

 

(1) 線維芽細胞におけるALA、SFC、ALA+SFCの効果

 正常皮膚線維芽細胞を用いて、ALA、SFC、ALA+SFCがOXPHOS関連蛋白・遺伝子に与える効果を検証しました。NDUFB8(complex I)、UQCRC2(complex III)、MTCO1(complex IV)の蛋白の発現は、ALA+SFC含有培地でのみ亢進していました。NDUFB8(complex I)、SDHB(complex II)、UQCRC2(complex III)、COX7A2(complex IV)遺伝子発現量はALA+SFCの濃度依存性に増加していました。

 続いて、ALA、SFC、ALA+SFC含有培地で培養した正常細胞におけるミトコンドリア酸素消費量、ATP産生量を測定しました。酸素消費量は全ての培地において、コントロールと比較して上昇を認めましたが、最大酸素消費量(MRR)で比較してみると、ALA+SFC含有培地(200/100µM)で最も有意に酸素消費量が増加することが分かりました(図2)。また、ATP産生量はSFC単独では増加せずALA+SFC(200/100μM)において最も増加することが確認されました。

 

図2. 正常細胞におけるミトコンドリア酸素消費量(MRR)

 

(2) 患者由来細胞におけるALA+SFCの効果

 次に、ミトコンドリア病の患者由来細胞において、OXPHOS関連蛋白への効果を検証しました。UQCRC 2(Complex III)、MTCO1(Complex IV)は全ての患者細胞において発現が亢進していました。NDUFB8(Complex I)は5/8症例(Pt25、Pt100、 Pt101、Pt276、Pt346)、SDHB(Complex II)は2/8症例(Pt100、Pt276)において発現増加が確認されました。

 ALA+SFC含有培地で培養された患者由来皮膚線維芽細胞を用いてミトコンドリア酸素消費量を解析したところ、全ての症例で最大酸素消費量の有意な上昇を認めました(図3a)。また、ATP産生量は7/8症例で有意な増加を認めました(図3b)。以上より、正常細胞だけでなく、ミトコンドリア病患者由来の皮膚線維芽細胞においても、酸素消費量、ATP産生量を指標としたミトコンドリア機能を改善させることが確認されました。

 

図3. 患者細胞におけるミトコンドリア酸素消費量 (MRR), ATP産生量

 

(3) HO-1蛋白と遺伝子の発現

 ALA、SFCが抗酸化・抗炎症作用を有するHO-1の発現に与える影響を検証しました。ALA、SFCおよびALA+SFC含有培地それぞれで培養した正常細胞においては、ALA+SFC含有培地でのみHO-1蛋白の発現が増加していました。患者由来細胞においても、HO-1蛋白の発現はALA+SFCの濃度依存性に増加することが分かりました。

 

(4) mtDNAコピー数の変化

 HO-1はミトコンドリアの品質管理、融合と分裂やミトコンドリアの生合成を促すことが近年報告されています。正常細胞、患者由来細胞において、ALA+SFCによるmtDNAコピー数の変化(mtDNA/nDNA)を解析しました。正常細胞においてはALA+SFC(200/100μM)により、約3.5倍mtDNAコピー数が増加することが確認されました。患者由来細胞においては、5/8症例で有意にmtDNAコピー数が増加していました(図4)。

 

図4. mtDNAコピー数の変化

 

4. まとめ

 ALA+SFCは呼吸鎖複合体II、III、IVおよびシトクロームCの構成蛋白であるヘムの合成を促すだけでなく、HO-1の合成を促進することでmtDNAコピー数も増加させ、呼吸鎖複合体Iを含む全ての呼吸鎖複合体の発現を促し、ミトコンドリア酸素消費量、ATP産生量を指標としたミトコンドリア機能を改善させることが明らかになりました。

 今回の研究結果は、ALA+SFCがミトコンドリア呼吸鎖酵素を強化することでミトコンドリア機能を改善させる「酵素強化療法」、すなわち根本治療としての有用性を示唆するものです。JaSMIn通信特別記事No.28で、埼玉医科大学小児科の大竹先生からもご紹介がありましたが、現在本邦ではLeigh脳症に対するALA+SFCの医師主導治験も進行中であり、ミトコンドリア病の新しい治療薬として大いに期待されます。

 

参考文献

1) Shimura M, Ohtake A, Murayama K, et al. Effects of 5-aminolevulinic acid and sodium ferrous citrate on fibroblasts from individuals with mitochondrial diseases. Scientific Reports. 2019 Jul 22; 9(1): 10549, https://doi.org/10.1038/s41598-019-46772-x.

 

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JaSMIn通信特別記事No.34(志村先生)