COLUMN

JaSMInの取り組み

JaSMIn特別記事

JaSMIn通信特別記事No.31

2019.06.03

シトリン欠損症について

 

仙台市立病院小児科 大浦 敏博

 

1. はじめに

 「シトリン欠損症」とは主に肝臓に存在するシトリンというタンパク質が作られない(欠損する)病気です。シトリンが欠損すると一部の代謝機能が正常に働かなくなり、エネルギー産生やタンパク合成などに障害をきたし、様々な症状が出現します。

 シトリン欠損症は、その設計図である遺伝子SLC25A13の異常で生じますが、小児期と成人期では症状が全く異なります。その為、小児期の病名はNICCD(シトリン欠損による新生児肝内胆汁うっ滞症)、成人期の病名はCTLN2(成人型シトルリン血症)と呼ばれています。ここではこの二つの病型ごとに解説します。図1に年齢による症状の違いをまとめました。

 

 

図1 シリトン欠損症の年齢による症状の推移

 

2.NICCD(シトリン欠損による新生児肝内胆汁うっ滞症)

(1) 症状

 日本人の赤ちゃんの平均出生時体重は約3000gですが、シトリン欠損症の赤ちゃんの平均出生時体重は約2500gであり、小さく生まれることが多いです。

 我が国では赤ちゃんが産科を退院する前に、新生児マススクリーニング検査が行われます。NICCDの患者さんの約40%は、この検査でシトルリン、メチオニンやガラクトースなどが基準値より高値(スクリーニング陽性)であることを契機に小児科を受診しています。そして精密検査の結果、肝機能障害、血中アミノ酸の異常などが判明し、最終的にNICCDと診断されています。

 残りの約60%の患者さんでは、新生児マススクリーニング検査は正常(陰性)ですが、生後1か月~6か月の間に黄疸や灰白色便(便色が白っぽくなる)、体重増加不良などを理由に小児科を受診し、精密検査の結果NICCDと診断されています。また、一部の患者さんでは乳幼児期に肝機能障害、発育不良、繰り返す低血糖などの症状がみられ医療機関を受診し、NICCDと診断されることがあります。

 いずれのタイプでも、診断の確定には遺伝子検査が有用です。

 

(2) 治療

① 食事療法

 NICCDでは腸からの栄養素の吸収が低下しているので、体重の増加が悪くなります。この様な場合は腸からの吸収が良く、エネルギー効率の高いMCT(中鎖脂肪酸トリグリセリド)オイルが用いられます。必須脂肪酸強化MCTフォーミュラ(明治721)はMCTを含有し、乳糖も約半分に制限されているので最適です。主治医が特殊ミルク事務局(http://www.boshiaiikukai.jp/milk.html#01)に申請すると医療機関に届けられ、主治医から患者様に提供されます。血液検査で乳糖の成分であるガラクトースが著明に増加している場合はガラクトース除去フォーミュラ(明治110)100mlにMCTオイルを1~2ml添加して与えると良いでしょう。母乳は完全に止める必要はなく、特殊ミルクと併用しても構いません。

 肝障害の改善が認められれば、特殊ミルクは漸減可能です。通常肝機能が正常化する1歳以降乳糖制限は不要です。

 

② 薬物療法

 NICCDでは脂溶性ビタミン(ビタミンA, D, E, K)の吸収も悪くなりますので補充が行われます。出血しやすくなっている場合はビタミンKを静注することもあります。

 

 ほとんどの患者様は、1歳までに症状は改善し、検査値も正常化します。しかし、稀ですが、肝機能がどんどん悪くなり、コントロールできない肝不全に陥った患者様も報告されています。その場合は肝移植も考慮する必要があります。

 

3.適応期・代償期

(1) 症状と日常生活上の注意点

 一見すると、病気ではない様に見える時期ですが、最近様々な症状が出てくることが分かってきました(図1)。全員に同じ症状が出るわけではなく、個人差があると考えられています。この時期は正常な発達・発育を促し、CTLN2の発症を予防することが重要な課題です。

 

 シトリン欠損症の患者様では、1歳以降特徴的な食癖を示します(図2)。患者様の多くは豆類(ピーナッツ、枝豆)、豆腐、卵、マヨネーズ、乳製品、チーズ、肉魚類などタンパク質や脂肪を多く含むものを好んで食べます。一方、子どもが好きなジュース、果物、アンパンなど甘いものを嫌う傾向があります。パン、ご飯、麺類なども苦手なことが多いです。日本人の栄養調査では摂取エネルギーに占める糖質の割合は約60%ですが、シトリン欠損症の患者様では30~40%と明らかに低糖質食になっています。

 

 患者様ではシトリンが欠損しているため、糖質を栄養素として十分利用することが出来ません。そのため糖質を取り過ぎると体調が悪化します。この食癖はシトリン欠損症という病気と上手に付き合ってゆくための合目的な身体の反応であると考えられています。好き嫌いする子を「わがままな子」と叱ったり、他の人と同じもの(特に糖質)を無理やり食べさせたりしないことが重要です。

 

図2 シリトン欠損症における嗜好

 

 学校給食で糖質の多い食事の摂取を強要されない様に学校側に説明することも必要です。学校向け説明パンフレットが患者会のホームページ(https://citr-pfg.net/)より入手可能です。入院時の病院食にも同様の配慮が必要です。

 また、疲れやすい、食欲低下、発育遅滞、腹痛、低血糖など日常生活のQOLを低下させる症状がしばしば見られます。CTLN2を発症した患者様ではこの時期に高脂血症、膵炎、肝障害などを経験していることが多いです。体重減少、身長・体重の停滞、疲労感の増強、検査で血中アンモニア、シトルリンなどの上昇などが認められたら注意が必要です。糖質の過剰摂取がないか食事内容の再検討も行いましょう。

 

(2) 治療

 食事は低糖質、高タンパク・高脂肪食を続けることが重要です。慢性疲労、体重増加不良などに対して、MCTオイルやピルビン酸ナトリウムが有効との報告があります。ピルビン酸ナトリウムは試薬を転用して用いますので、院内の倫理委員会の承認を得る必要があります。

 

4.CTLN2(成人型シトルリン血症)

(1) 症状

 CTLN2の患者様は突然の意識障害や見当識障害(帰る道が分からなくなったり、自分がどこで何をしているのか分からなくなったりする)、さらには痙攣などの症状で発症します(図1)。これらの症状を発作的に繰り返すのが特徴です。ほとんどの患者様で前述の特徴的食癖がみられます。またアルコール類を飲むと具合が悪くなるので、飲酒を好まないことも診断の参考になります。CTLN2発症の誘因としては過剰な糖質の摂取、飲酒、手術などのストレスが知られています。

 血液検査でアンモニアとシトルリンが高いことが診断の決め手となります。診断の確定には遺伝子解析が有用です。

 

(2) 治療

① 食事療法

 CTLN2に対しても低糖質、高タンパク・高脂肪食を続けることが重要です。さらにMCTオイルも有効であるとの報告があり、併用が勧められています。

 

② 薬物療法

 意識障害を認める時はアミノ酸を多く含んだ注射液(アミノレバン®点滴静注)の輸液を、脳浮腫(脳がむくんだ状態)に対してはD-マンニトールの投与が行われます。

 アンモニアを下げる治療として、カナマイシン、ラクツロースなどを経口投与します。ピルビン酸ナトリウム(倫理委員会の承認必要)の投与も試みられています。

 

 内科的な治療を行っても、意識障害、見当識障害、痙攣等の発作を繰り返す場合は肝移植が唯一の治療法となります。

 

(3) 重要な注意事項

 シトリン欠損症では糖質の過量投与により症状が悪化することが知られています。シトリン欠損症の患者様は勿論ですが、シトリン欠損症が否定できない患者様に対しては高濃度ブドウ糖液を用いる高カロリー輸液は出来るだけ避けるべきでしょう。また脳浮腫の治療に用いられるグリセオール®(高濃度のグリセリンとフルクトース含有)は禁忌であり、使用することはできません。初めての病院に掛かる場合には担当の先生にシトリン欠損症であることを伝えておきましょう。

 小児科などで、低血糖や脱水の治療に用いられる低濃度ブドウ糖液の点滴は心配いりません。

 

5.シトリン欠損症の発症頻度

 シトリン欠損症の原因となるSLC25A13遺伝子を多くの日本人で解析したところ、患者様の頻度は理論上17,000人に1人と計算されました。一方、新生児マススクリーニングでの発見率は約80,000人に1人であり、予想される頻度の1/4程度です。また、CTLN2の患者様の発症頻度は約10万人に1人と推定されており、シトリン欠損症の内、5人に1人しか診断されていないことになります。

 実際に診断される患者様の数が予想される頻度より少ない理由は良く分かっていません。成人型の患者様ではけいれん、意識障害や妄想などの精神症状よりてんかんや統合失調症と診断されていたという報告もあり、別の病名で治療されている未診断例が存在する可能性があります。また、シトリン欠損症の患者様であっても、全員が発症する訳では無いとも考えられています。おそらく、一部のシトリン欠損症の患者様は、特異な食癖はあるものの、生涯にわたりNICCDやCTLN2を発症することなく過ごされているのではないかと考えられています。

 

6.おわりに

 小児期にNICCDと診断された患者様にとっては、今後重篤なCTLN2の発症を予防する事が重要です。そのためには糖質の過剰摂取を避け、高タンパク・高脂肪食を続けることが大切です。思春期以降も年に2~3回は定期受診、検査を受けましょう。飲酒はCTLN2発症のリスク高めるので飲んではいけません。もし、疲れやすい、身長・体重が停滞している、痩せてきたなどの症状が続く時は、いつでも主治医に相談してください。

 

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.31(大浦先生)