ファブリー病患者さんの生活の質について
大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻
生命育成看護科学講座成育小児科学
古藤 雄大、酒井 規夫
はじめまして。私は大阪大学大学院で博士後期課程に所属しています、古藤雄大と申します。代謝疾患専門の酒井規夫先生の教室で研究しています。私は看護師ですので、これまで特別記事でお話しされてきた医師の先生方とは少し違った視点からのお話をしたいと思います。
これまでは、新しい医薬品や治療介入が患者さんに与える効果を考える際、病気が治ったか、症状を抑えることができたか、症状の治りが早くなったかなどの指標と、その薬や介入による副作用がどの程度起きるかという指標を主に測定していました。これは病気や障害に焦点を当てたもので、医学的にとても重要なことです。
しかし、近年はこれらの指標以外に、患者さんの「生活の質(QOL)」にもスポットライトが当たるようになってきました。生活の質という言葉は英語の「Quality of Life」を翻訳したもので、ある人が自分らしく日常生活を送ることができる満足感や幸福感を指すもので、物質的な豊かさや病気のあるなしだけを見るものではありません。これから新しい医薬品や治療介入を行うためには、この生活の質が悪くなっていないかを確認することが求められるようになっているのです。
ファブリー病の患者さんですと、酵素補充療法3種類とシャペロン薬が適応となっています。これは医学的に見ると、病気の進行を防ぎ、生命予後を改善することが期待される、とても有用な治療方法です。しかし、その中で酵素補充療法では2週間に一度、病院で点滴を受ける必要があります。家のすぐ近くに病院があったり、平日にお休みが取りやすい仕事の方にとっては、病気の進行を防ぐことができ、かつ日常の生活へ与える影響も大きくはないため、生活の質は悪くならないかもしれません。しかし、もし、病院が片道2時間以上かかる場所であったり、平日にお休みを取ることが簡単ではない方の場合はどうでしょうか。いくら病気の進行を防ぐことができたとしても、現在の生活の質は少し悪くなるかもしれません。つまり、一概に病気が良くなったり、進行を防ぐことができるという観点だけではなく、患者さんの日常生活に負担にならないように配慮することが必要になったのです。
図1.生活の質とは
ここまでお話しした生活の質という考え方は、ぼんやりとした概念のようなものです。これをデータとして収集し、比較検討することが重要です。そのための方法として、生活の質を測定するためのアンケートがいくつか開発されています。それらのアンケートは、心理学的・統計学的にその正確さが十分に証明されたものだけが、医薬品の認定や治療介入の効果判定に使用することができます。
表1にお見せしているものが生活の質を測定するアンケートとして有名なものです。上半分は病気や障害のない人から、何らかの病気や障害のある人、どなたでも対象として使用できる、一般的な生活の質アンケートです。下半分は特定の病気や障害を持った人に焦点を当てた疾患特異的な生活の質アンケートと言われるものです。一般的な生活の質アンケートは広く使うことができる反面、ある病気の患者にとってはその病気特有の症状を詳細に評価することができないことがあります。ファブリー病の場合は、特徴的な痛みによる生活の制限や、眼や心臓、腎臓など体のさまざまな部位で症状が出現する可能性があるということ、遺伝性疾患であることに伴う家族関係など、一般的なアンケートでは捉えきれない面があります。そのため疾患特異的な生活の質アンケートは重要性が高く、さまざまな病気や障害について開発されています。
表1.生活の質アンケートの例
ファブリー病患者さんの生活の質に関する研究はすでに海外や日本でも行われています。ところが、そのほとんどは一般的な生活の質アンケートを使用したものです。現在、ファブリー病患者さんの疾患特異的な生活の質アンケートは、子どもを対象とした「小児の健康・痛みの質問票」(FPHPQ)の一つだけです。これは、2012年にヨーロッパを中心とした国々で同時に開発された、小児期のファブリー病患者さんの生活の質を測定するためのアンケートであり、その正確さはすでに証明されています。しかし、この「小児の健康・痛みの質問票」はまだ日本語に翻訳されていませんでした。
そこで、私たちはこのアンケートを翻訳し、日本語での正確さの確認を行う調査を今年度に行う予定にしています。この研究はすでに大阪大学の倫理申請での承認を受けており、JaSMIn患者登録委員会にも申請しています。今後、皆さんのもとへご依頼と調査の説明を文書にしてJaSMIn事務局より送付いたしますので、研究参加にご了解いただける場合にはご協力宜しくお願い致します。この調査はできるだけ多くの18歳未満のファブリー病患者さんにご協力いただきたくことで、よりしっかりとした正確さを確認することができます。そのため、JaSMInに登録している皆様の周りに、18歳未満のファブリー病と診断を受けている方がいらっしゃる場合は、ぜひこのアンケート調査へご協力いただけるようお声掛けいただければと思います。
また、18歳以上の大人のファブリー病患者さんの生活の質に関しては、疾患特異的なアンケートは海外でも存在しません。私たちは今後の予定として、18歳以上のファブリー病患者さんへのインタビューを行い、生活の質に関わる事柄を明らかにした上で、疾患特異的なアンケートを日本から開発していこうと考えています。こちらにつきましても、今後ご協力いただけますと幸いです。
以上、ファブリー病患者さんの生活の質に関する現状をまとめました。これから新しい酵素補充治療薬や内服薬が普及していく中で、患者さんの生活の質の観点から考えていくことが重要だと考えています。
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