ファブリー病
東京慈恵会医科大学小児科学講座 櫻井 謙
1.ファブリー病とは
ヒトの細胞の中にはライソゾームと呼ばれる小器官が存在します。ライソゾームは、リサイクル工場のような働きしていて、糖脂質や糖蛋白質などをたくさんの酵素を用いて分解しています。ライソゾームの酵素のうちのα-ガラクトシダーゼA(GLA)の酵素活性が欠損または不十分なことが原因で発症するのがファブリー病です。GLA酵素の遺伝子変異により、酵素活性が低くなり、本来分解すべき糖脂質であるグロボトリアオシルセラミド(Gb3)が、血管内皮細胞を中心に全身臓器に蓄積し、障害をひき起こします。
2.ファブリー病の症状
古典型と言われる典型的な症状としては、小児期からの四肢末端痛で、特に暑くなると灼熱痛とも言われる手のひらや足の裏の強い痛みを生じ、思春期以降になると蛋白尿を認め、ついで心肥大や不整脈、脳血管障害を認めます。その他の症状としては、皮膚の被角血管腫、消化器症状(下痢や便秘)、目では角膜混濁、耳では難聴や耳鳴り、めまいなど多彩な症状を認めます。ただし、ファブリー病の患者さん皆さんが全ての症状を呈するわけではなく、心肥大のみの人や軽微な症状の人もいらっしゃいます。
3.診断方法
男性の場合、血漿、白血球、培養皮膚繊維芽細胞などのGLA活性を測定することで診断は可能です。尿中Gb3や血漿中のLyso-Gb3の蓄積や増加を認めれば、診断はより確実になります。遺伝子検査は必要に応じて行います。
一方、女性の場合、GLAの酵素活性が男性患者と正常の人の中間くらいとされていますが、ほぼ正常域の方もいらっしゃいます。尿中Gb3や血漿中Lyso-Gb3の増加を認めれば診断が確定に近い状態となりますが、認めなくてもファブリー病を否定できることではありません。
そこで、ファブリー病の(もしくはファブリー病とかなり疑われる)家族歴、臨床症状などから総合的に診断をすることになります。そして、最終的には遺伝子解析を行い、GLA遺伝子の病的変異を同定できれば確定診断となります。遺伝子解析は、家系内に存在するファブリー病患者さんを同定するのにも有用です。
診断に際しての注意ですが、de novo変異と言って突然変異の方がいらっしゃいます。その場合は、家族内にはファブリー病の人がいらっしゃいません。頻度は6.8%程度と言われています。したがって、男性がファブリー病であっても、その母親がファブリー病とは限りませんし、女性がファブリー病の症候性ヘテロ接合体であったとしても、その両親ともにGLAの遺伝子変異を持たないこともあります。
少しずつですが、国内の一部の地域で、早期診断のための新生児スクリーニングとして、赤ちゃんのかかとから採取したろ紙にとった微量な血液でも診断される試みがなされています。
4.治療
ファブリー病の治療には、保険収載されているものとしては、酵素補充療法とシャペロン療法があります。酵素補充療法は文字通り、生成された蛋白質であるGLA酵素を点滴静脈注射にて補う治療法です。遺伝子工学の応用によって、培養細胞を利用して、蛋白製剤を大量生産できるようになり、我が国では、2004年に認可されたアガルシダーゼ ベータ(ファブラザイム®)と2007年に認可されたアガルシダーゼ アルファ(リプレガル®)があります。どちらも2週間に一度、通院での点滴治療を行います。
一方、シャペロン療法は、分子ジェペロンと呼ばれる低分子化合物を用いる治療法になります。シャペロンという言葉はなかなか馴染みがないかもしれませんので、後で補足説明をします。ファブリー病の患者さんの中には、GLA変異酵素がわずかに活性を持っていることがあります。ただ、この変異酵素は、正常な立体構造を有していないために、すぐに分解されてしまい活性が正常な酵素よりも短時間で消失してしまいます。この変異酵素に低分子化合物であるシャペロンが作用することにより短時間で分解されてしまうのを防ぐことができ、結果として酵素活性を上げる(維持する=安定化する)ことができるとされています。“シャペロン”という言葉は、元々は「社交界に初めて出席する女性に対して介添する人の意」からなります。そこから派生して、現在では、「タンパク質の一生のうち、どこかで介添えする物質」と考えられています。シェペロン療法には、ミガーラスタット塩酸塩(ガラフォルド®)が2018年5月に認可されました。しかしながら、シャペロン療法は、特定の遺伝子変異にしか効果を示さないので、ファブリー病患者さん全員に有効というわけではありません。ただ、経口薬であり、きちんと治療管理ができる(コンプライアンス良好になるのでは)と期待されております。将来的には長期処方も可能になるので、注射疼痛だけでなく、通院負担も軽減されます。新薬なので、長期有効性や安全性についてはこれからも注視する必要があると考えられています。
5.希少疾患と登録制度
ファブリー病をはじめとしてライソゾーム病は、希少疾患であるので、臨床情報の蓄積が重要になります。欧米を中心に登録制度が行われておりますが、遺伝性疾患の場合は、ゴーシェ病のように人種や民族性の違いを認めることがあります。そこで、日本人ファブリー病の登録制度を作る動きがあります。このJaSMInもそうですし、私の所属する東京慈恵会医科大学でも数年前から同意の得られた患者さんに対する登録事業を展開しております。これにより定期的な症状の把握、検査の管理、治療状況を把握することができます。おそらく日本人ファブリー病患者さんの1/10くらいは登録されているのではないかと思われます。
6.現在の治療法の問題点
現在行われている治療として、酵素補充療法とシェペロン療法があります。酵素補充療法は、先にも触れましたが、点滴静脈注射のために半永続的な通院を要します。また、患者さんの身体の中では作られていないタンパク質を補充するので、免疫反応を認めることがあります。そして、タンパク質は高分子であるために中枢神経系のほか、骨、筋肉、腎タコ足細胞などへの効果も乏しいという報告があります。シャペロン療法は、低分子化合物なので、いろいろな細胞に到達しやすく、免疫反応も受けにくいとされています。内服の仕方が少し特殊であり、しっかりとご自身で内服管理をする必要があります。また、長期間の有効性や安全性はまだわかっていません。酵素補充療法、シャペロン療法ともに、非常に高額な治療となりますので、医療経済的な問題が言われています。
7.これからの治療法
現在、酵素補充療法は病院で行っている方がほとんどだと思われますが、諸外国では、在宅酵素補充療法を行っているところもあります。日本でもそのようになれば、通院負担は軽減されると思います。ただし、アレルギー反応や副反応を起こした時の問題なども考える必要があります。将来的には、諸外国に追随する形になるかもしれません。
また、酵素補充療法では、他の薬剤と同様に薬価の低い後発品が開発されています。そして、海外では2016年にレンチウイルスを用いたファブリー病に対する遺伝子治療の臨床試験が開始されています(ClinicalTraials.gov. NCT02800070)。長期の結果が待たれています。
ファブリー病は糖脂質の合成と分解に関する経路の異常であり、ゴーシェ病で行われている基質合成抑制療法が、研究レベルですが、基質合成抑制療法も有効かもしれないと考えられています。
8.最後に
ファブリー病の患者の中には酵素補充療法を受けているにも関わらず、慢性疼痛が持続する人がいます。東京慈恵会医科大学では、そのような方を対象に原因を解明するプロジェクトを立ち上げました。ご興味のある方は、私、櫻井までご連絡下さい。
東京慈恵会医科大学小児科学講座 櫻井 謙 連絡先:kenken@jikei.ac.jp
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JaSMIn通信特別記事No.24(櫻井先生)