
尿中有機酸分析が診断に結びついた新しい病気
“HMG-CoA合成酵素(HMGCS2)欠損症”
松江赤十字病院小児科
長谷川有紀
2017年に尿中有機酸分析についてのお話をしました。この分析は有機酸代謝異常症の診断にとても有用ですが、他の病気でも診断につながることがあります。
以前にもお伝えしましたが、私たちの血液はもともと弱アルカリ性(pH 7.35~7.45)に保たれています。とても微妙なバランスなので、病気によって有機酸などの酸性物質がたまると(=代謝性アシドーシス)、体は弱アルカリ性に保とうとして酸性物質を尿へせっせと出すので、有機酸代謝異常症の診断は尿を使うことが多いのです(イラスト1)。
有機酸以外にもケトン体や脂肪酸代謝異常症でみられるジカルボン酸なども酸性物質に含まれます。ケトン体については以前に深尾先生が丁寧に説明されているので、そちらをご覧ください(JaSMIn特別通信No.33)。その他にも、体にたまったものを頑張って体の外に排泄しようとするので、実際にはアミノ酸や糖類なども尿には出てきています。
なお、タンデムマス分析が脂肪酸代謝異常症などの確認したい疾患に特徴的なアシルカルニチンやアミノ酸などの成分を狙った、いわゆる“ターゲット分析”を行っているのに対し、尿中有機酸分析は尿中に出てくる代謝産物を網羅的に測定する“スキャン分析”が特徴的です(イラスト2)。
なお、スキャン分析は検体の処理の仕方によって分析できるものが変わるので、代謝産物を有機酸メインに分析する場合を一般的に有機酸分析といい、有機酸以外にもアミノ酸や糖類など多岐にわたる代謝産物を分析する場合をメタボローム分析と呼びます。
今回は「きっと病気だと思うのにわからないな、なんだろう」と悩んでいた病気が、尿中有機酸分析をきっかけに診断に繋がったお話です。その病気は「HMG-CoA合成酵素(HMGCS2)欠損症」と言います。
この病気はケトン体代謝異常症に分類されます。深尾先生の記事にあるようにケトン体代謝異常症のうち、ケトン体産生障害にあたる1つがこの欠損症です。ケトン体産生障害は食事が摂取できる(=エネルギー補給ができる)間は症状がなく、特に発熱や胃腸炎などのストレス時にケトン体が作られず強い低血糖になることが特徴で、脂肪酸代謝異常症に似ています。以前からこの病気の存在は知られていたのですが、診断に特徴的な代謝産物がわかっておらず、低血糖の患者さんに紛れているかもしれないとは考えられていました。
島根大学で尿中有機酸分析結果をひたすら確認していたある時、「胃腸炎をきっかけに強い低血糖で意識が悪くなってけいれんした」患者さんの結果が、脂肪酸代謝異常症によく似たパターンを示したのです。「これはきっと脂肪酸代謝異常症だ!」と思い、すぐに血液を送ってもらいタンデムマス分析もしたのですが異常が見つかりません。患者さんは点滴ですぐに元気になられ、安定した時の尿は全く異常が見られませんでした(イラスト3)。
その後は何の症状もなく過ごされたため、次の機会の検査を行うことはありませんでした。
しかし数か月後に、再び強い低血糖で尿中有機酸分析を行った別の患者さんが同じような検査結果を示し、「今度こそは!」と思ったタンデムマス分析でやはり異常を認めなかったのです。気になったのは、よくわからない代謝物のピークがあり、それは前の患者さんにもみられていました。「これはなんだろう?」と思い、岐阜大学の深尾先生に相談をしたところ、その頃に先生のお知り合いのJames J.Pitt先生が出された論文の中で「HMGCS2欠損症では、低血糖発作時の尿中有機酸分析でこれまでにわかっていなかった有機酸が特徴的に見つかる」と書いてあると言われるのです。その中の有機酸の1つが4-ヒドロキシ-6-メチル-2-ピロン(4HMP)というもので、強い低血糖にも関わらずケトン体があまり上昇しないことと、尿に4HMPなどが増加していることがこの病気の特徴だと書いてあります。深尾先生に「これが増えていないか確かめてほしい」と言われてさっそくチェックすると、先ほどの“よくわからない代謝物”が実はこの論文にあった4HMPを含む有機酸だったのです!小躍りしたい気持ちというのを初めて実感したかもしれません。岐阜大学での遺伝子解析でも確かに異常を認め、国内初の“HMGCS2欠損症“の確定診断に至り、深尾先生と喜び合ったことを懐かしく思い出します。その前に診断がつかなかった患者さんでもこれらの有機酸の増加が確認され、この方も”HMGCS2欠損症“と考えられました。
この病気は初回の発作で強い低血糖を認めることが多く、海外の文献では初回の発作で亡くなる割合も高いとされていますが、日本ではすぐに病院で点滴してもらえることもあるのか、診断できるようになってから、亡くなった症例の報告はこれまでにありません。中には低血糖がなかった患者さんもおられるなど、重症から少し軽症まで症状の幅が広いのかもしれません。それでも「もしかしたら低血糖を繰り返す患者さんの中にこの病気がないだろうか」と検査結果について目を皿のようにして注意深く見るようにしています。ただ、この4HMPなどの有機酸は元気になると最初の患者さんのように尿から消えてしまうので、低血糖の時に尿が取れるかがとても大事です。代謝異常症でしばしば「急性期に検査を」と言われるのは、今回のように症状がある時に検査をしないと見つけられない病気があるからなのです。
残念ながら新生児マススクリーニングで診断することは難しいのですが、診断がつけば体調が悪い“シックデイ”の時に、糖の摂取(できなければ点滴)を心がけることで発症を抑えることができます。「この薬で治る!」というものではありませんが、生活の注意だけで健康に過ごせるので診断するメリットの高い病気といえます。そして、私にとって尿中有機酸分析の奥深さと研究者の執念を教えてくれた病気なのです。
(今回のイラストは全てChatGPTにお世話になりました)
全文PDFは以下よりダウンロードできます。