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JaSMIn通信特別記事No.85

2025.08.15

フェニルケトン尿症の治療薬 

 

大阪公立大学 大学院医学研究科

地域周産期新生児医療人材育成寄付講座

新宅 治夫

 

はじめに

 フェニルケトン尿症(PKU)の治療は食事から入るフェニルアラニン(Phe)を制限する低蛋白食により血中Phe値を推奨維持範囲にコントロールする食事療法が実施されてきました。この血中フェニルアラニン値(血中Phe値)の推奨維持範囲は3回の改定を経て2019年からは乳幼児から妊婦を含む成人まで全年齢で2-6mg/dLとなりました。この間、薬物治療が開発され2008年7月にビオプテンⓇ(塩酸サプロプテリン)がテトラヒドロビオプテリン(BH4)反応性フェニルアラニン水酸化酵素欠損症(BH4反応性PKU)にも追加承認されました。PKUでもこのビオプテンⓇの内服で血中Phe値が一定以上低下する場合には、この治療薬の使用が健康保険で認められるようになりました。食事治療と併用することでフェニルアラニン(Phe)制限食を緩和あるいは中止することができるため、患者さまには大変良いニュースであったと思います。しかし高フェニルアラニン血症の3割程度にしか効果はなく、すべての高フェニルアラニン血症に効果のある新しい治療薬が望まれていました。2023年に古典的PKUにも有効なパリンジックⓇ皮下注射[一般名:ペグバリアーゼ(遺伝子組み換え)]の製造販売が承認されました。そこで、これらの治療薬、さらに現在開発中の治療薬の最近の状況を作用機序別に述べてみたいと思います。

 

.フェニルアラニン水酸化酵素(PAH)の働きを助ける薬

 この薬にはすでに承認されているビオプテンⓇと、現在治験中のセピアプテリンがあります。いずれも内服薬で、ビオプテンⓇはBH4そのものであり、セピアプテリンは体内でBH4に変換されて、いずれもPAHの働きを助けることでフェニルアラニン水酸化反応系を正常に機能するように働くお薬です(図1)。フェニルアラニンがチロシンに変換されるので高い血中Phe値が下がるだけでなく同時にチロシンが合成され補われるため、チロシンを添加した治療ミルクを飲む必要はありません。最も生理的な作用機序で副反応もほとんど無く高フェニルアラニン血症の治療薬として第一選択薬と考えられます。このお薬は酵素PAHの働きを助ける薬ですのでPAHが全くできてこない様な場合には効果がありませんが、酵素の働きがかなり悪い場合でも補酵素BH4を大量に投与すれば酵素活性が改善して血中Phe値を下げることが期待できます。現在開発中のセピアプテリンも作用機序はBH4と全く同じですが、ビオプテンⓇに比べて消化管からの吸収が良いためにビオプテンⓇで効果が十分でなかった患者様にも効果が期待できる新しいお薬です。

 

.フェニルアラニンを分解する薬

 この薬は最近承認されたパリンジックⓇ皮下注で、フェニルアラニンを分解して血中Phe値を下げる注射薬です(図2)。フェニルアラニン水酸化酵素とは全く別の作用機序で血中Phe値をさげるため、古典的PKUを含む全ての高フェニルアラニン血症に対して効果が期待できるお薬です。実際に古典的PKUの患者様でパリンジックⓇ皮下注射を始めて半年から1年で毎日の皮下注射を週に2-3回に減らしても普通食で血中Phe値が2-6mg/dLに維持できている患者様もおられます。このフェニルアラニン分解酵素は植物由来の酵素であることからアレルギー反応が強く出たり、すぐに分解されたりしないように脂肪の膜で包んで注射薬にしてありますが、アナフィラキシーなどの副反応がでることがあり注意が必要です。また効果が出るまでかなり(半年以上1年程度)の時間がかかることや注射薬で15歳以上の年齢制限があるなど、いくつかの問題点も指摘されています。

 

.フェニルアラニンの再吸収を押さえる薬

このお薬は現在開発中ですが、腎臓からのフェニルアラニンの再吸収を抑えることで血中Phe値をさげるお薬です。血液中のフェニルアラニンは腎臓の糸球体で濾過されますが尿細管の中性アミノ酸トランスポーター(SLC6A19)によりほとんどが再吸収されています。もしこのSLC6A19を阻害することができればフェニルアラニンの再吸収を抑制することで血中Phe値を下げてPKUの治療に使うことできると考えられます(図3)。SLC6A19はフェニルアラニンを含む中性アミノ酸全般の再吸収にかかわるため、中性アミノ酸全般に影響することが懸念されましたが、PKUモデルマウスを用いた実験では高い血中Phe値だけが低下して他のアミノ酸にはほとんど影響がないことが明らかになりました。米国でこのSLC6A19に対する経口低分子阻害薬(JNT-517)が開発され、すでに第1相試験が終了し、健康なヒトでの安全性と尿中へのPheの排泄増加が確認されています。今後、ヒトの高フェニルアラニン血症でもこのSLC6A19阻害薬を使ってPheの再吸収を抑えて尿中に排泄し、安全に血中Phe値を下げる効果があることが検証されれば、PKUにまた新しい経口治療薬が誕生することになります(図3)。なお同じ作用機序で腎臓からの糖の再吸収を抑えるお薬(SGLT2阻害薬)が糖尿病の治療薬としてすでに市販されていますし、糖と一緒にナトリウムの再吸収を抑えることから腎不全や心不全の治療薬としても承認されています。現在開発中の腎臓からのアミノ酸の再吸収を抑えるこのお薬(JNT-517)はPKUだけでなく他のアミノ酸代謝異常症の治療薬としても期待されています。

 

 

おわりに

  PKUの治療は新生児マススクリーニングが始まった1977年から食事治療を中心に実施されてきましたが、2008年からビオプテンⓇの薬物治療が始まり2023年からはPKUを含むすべての高フェニルアラニン血症に対して効果の期待できるパリンジックⓇの治療が始まりました。作用機序1.でお話ししましたビオプテンⓇは最も生理的な作用機序で第一選択薬となりますが、その効果は高フェニルアラニン血症の約30%程度にとどまっています。これに対してビオプテンⓇの吸収が悪く十分な効果が得られていないと考えられる場合には、すでに確認されている安全性に基づき投与量をこれまで以上に増やすことによる治療効果の改善が期待されています。一方で、同じ作用機序で吸収のよいセピアプテリンが薬価収載されればPKUを含む高フェニルアラニン血症により広くこの薬が使えるようになることが予測されます。次に作用機序2.のパリンジックⓇはPheを直接分解するため古典的PKUにも十分な効果が期待できますが、注射薬でアレルギーや年齢制限があるため利用できない患者様もおられます。作用機序3.の腎臓からPheの再吸収を抑えるお薬は現在開発中ですが、内服薬で安全で副反応の少ないお薬で低年齢から使用できる新しい治療薬として期待されています。現在、食事治療が唯一の治療法という古典的PKUの乳幼児や学童の患者様とご家族には、新しい治療法がどんどん開発されてきていますので、「お薬さえ飲めば何も気にせずに食事ができるようになる」という将来に希望を持ってもう少し頑張っていただきたいと思います。

 

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JaSMIn通信特別記事No.85(新宅先生)