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JaSMIn通信特別記事No.77

2023.08.09

運動麻痺と筋緊張・腱反射について

 

大阪大学大学院医学系研究科小児科学

青天目 信

 

1.はじめに

 私たちの日常生活で脳がどれほど重要な働きを担っているか、そして脳がきちんと働くためには、脳の中にある膨大な数の神経細胞やグリア細胞といった細胞が、胎児期に脳ができる段階から正確に組み上げられ、生涯にわたって協調して機能しないといけないことは、前回、2021年4月に簡単に紹介しました(特別記事No.52)。そして、神経細胞やグリア細胞の中では極めて多彩な化学反応が起きています。先天代謝異常は、そうした化学反応に異常が生じる疾患群で、先天代謝異常の中には、脳の機能に異常が出るものが数多く存在します。その結果、発達遅滞、てんかん、運動麻痺や運動失調、不随意運動など、様々な神経症状を呈する疾患があります。

 病院の診察で、こうした神経症状を細かく分類するには理由があります。病気によって、脳の中でも障害される部位は異なります。医師は、問診や診察、検査によって、どこに何が起きているのかを推測します。近年は頭部MRIなどの神経画像検査が発達してきており、それにより病巣がどこにあるのかを判断できることもありますが、画像検査では異常が見つからない場合、画像検査で見える異常とは別の場所に原因があることもあります。そのように分類することで、病態を知り、診断や治療に役立てるのです。

 今回は、そうした神経症状の中から、運動麻痺を取り上げます。そしてその評価法として、筋緊張と腱反射について説明します。今回の記事で、小児神経の医師が何を見ようとしているのかを理解していただこうと思います。

 

 

2.人の運動に関わる神経系

 私たちが身体をスムーズに動かすためには、神経と筋、骨が、協力して働くことが必要です。身体を動かすための神経系をまとめて運動系と呼びます。人の生活で、身体を動かし始めるきっかけは様々です。水泳のスタートやダンスの始めに、合図に合わせて練習通りに身体を動かす時、野球でバッターが打った球を捕ろうと選手が動く時、急ブレーキがかかった電車の中で倒れないように踏ん張る時、座って仕事をしていて、ふと水が飲みたくなって立ち上がった時、など、動き始める前の運動に対する準備状況は様々だと思います。でも、運動が始まってから働いている神経は、それほど変わりません。

 脳と、そして背骨の中にある神経の太い束である脊髄を合わせて、中枢神経系と言います。脊髄から出て、手や足の筋肉を動かしたり、手や足の感覚を伝えたりする神経は、末梢神経系という別の種類の神経です。

 中枢神経系で運動に関わる神経の中では、主役となる錐体路(すいたいろ)、それを調整する大脳基底核と小脳という神経系が大きな役割を果たしています。もちろん筋に信号を送る末梢神経も筋も重要です。そして、身体がどのような状態にあるかということを感じ取る感覚系も重要です。円滑な運動には、これら全てがうまく組み合わさって働くことが欠かせません。

 

3.錐体路と末梢神経・筋(図)

 

図 錐体路と末梢神経・筋(図中番号は本文に対応)

 

 錐体路は、大脳のすぐ下にある脳幹延髄にある錐体(図中①)という部位を通る神経の集まりで、運動の指令を送る重要な経路です。大脳にある運動の司令塔の中でも最も重要な神経細胞は、一次運動野(②)といわれる場所にあります。脳の溝は脳溝、溝と溝の間の盛り上がりを脳回と呼びます。脳の中でも最も重要な脳溝の一つに中心溝(③)があり、そのすぐ前の脳回を中心前回と呼び、そこに一次運動野があります。神経細胞は、信号を伝えるために軸索という長い突起を出していますが、一次運動野の神経細胞は、とりわけ長い軸索を持っています。手や腕の運動を指令する神経細胞は首まで、足の神経細胞は腰まで軸索を伸ばしています。この軸索も神経細胞の一部なので、足の運動の指令を行う神経細胞は、成人では身長にもよりますが、50cmから80cmの長さがある長い細胞ということになります。

 一次運動野(中心前回)の神経細胞が伸ばす軸索は、脳の中で内包後脚、中脳大脳脚、橋核、延髄錐体を通ります。この錐体と言うところで、左右交差します。脳の左半球が身体の右側を、右半球は左側を支配しているというのは、このためです。したがって、左半球の中心前回が脳梗塞などで障害されると、右半身の麻痺になります。脊髄に入ってからは、主に脊髄の中の側索と呼ばれる場所を下降して、自分がゴールとしている高さまで伸びています。つまり、手や腕の神経なら首、足の神経なら腰がゴールです。ゴールまで行くと、2つ目の神経細胞である前角細胞(=末梢神経)に信号を伝えます。末梢神経は、そこからゴールである筋肉まで軸索を伸ばしています。筋肉に信号が伝わると、筋肉は収縮して運動します。つまり、私たちは、脳から脊髄までの1つ目の神経細胞(上位運動ニューロン)から、末梢神経と言う2つ目の神経細胞(下位運動ニューロン)、そして筋肉へと、信号をリレーしていくことで運動しています。

 運動するには、こうした神経系が順番に規則正しく働くことが必要です。日常生活の歩く、食事をする、字を書くなど、どの動作もたくさんの筋肉を上手に協調して動かさなければできません。まして、予想外の事態が起きた時、例えば自転車に乗っていて、目に入っていなかった石に突然乗り上げて自転車がぐらついた時に、とっさに足をついて転ばないようにする、と言った時には、一瞬の間に様々な神経系が働いて身体を制御しています。

 運動麻痺とは、この中の錐体路、または末梢神経の障害により生じる運動障害です。運動麻痺では、運動をする力が弱くなり、スピードが落ちます。この運動麻痺は、筋緊張の状態により、弛緩(しかん)性麻痺と痙性(けいせい)麻痺に分類します。なお、大脳基底核の障害による運動障害は不随意運動、小脳の障害による運動障害は小脳運動失調と言って、別の運動障害に分類します。

 

4.筋緊張評価と腱反射・病的反射

 小児神経科医の診察を受けて、筋緊張が低下していると言われた人はいないでしょうか。私たちの筋は、リラックスしている時でも、一定の緊張を保っています。それは、意識しなくても筋肉には中枢神経からずっと指令が入っているためです。この緊張を筋緊張と呼びます。私たちが自分の腕や足の筋肉を握ると、一定のゴムのような弾力があると思います。筋緊張が低下している人は、この弾力が弱くなります。また、患者さんにリラックスしてもらい、前腕(手首と肘の間の腕)をつかんで手首をぶらぶらさせても、健康人なら手首の振れはすぐに収まりますが、筋緊張が低下している人では、手首の振れが少し長く続きます。筋緊張の亢進を評価する時は、前腕と上腕(二の腕)を持って、曲げている肘を素早くまっすぐに伸ばすようにします。筋緊張が亢進している人では、この時に簡単にまっすぐにはなりません。伸ばそうとしても途中で引っかかったように、一瞬止まってしまったり、そもそもなかなか伸びなかったりします。

 もう一つの重要な診察が腱反射です。神経の診察の定番で、膝やアキレス腱、肘を打腱器(ハンマー)でたたくと叩いた腕や足がヒョコッと動く、あの検査です。こちらは出ればよい、出ないとまずいという感じで診察されていることを見かけますが、それは本来の考え方とは違います。こちらは個別に説明したいと思います。

 

5.末梢神経障害と錐体路障害急性期:弛緩性麻痺、そして筋疾患

 末梢神経が障害されると弛緩性麻痺になります。錐体路が障害された場合、された直後の急性期にも弛緩性麻痺になります。弛緩性麻痺では、先に述べた筋緊張が低下します。重症の弛緩性麻痺では、筋肉はフニャフニャと力を入れられず、首も座らず、寝返りすらできません。軽症の弛緩性麻痺では、まっすぐな姿勢を保てず、円背(えんばい)、いわゆる猫背になります。弛緩性麻痺の人は、腱反射が減弱して、打腱器で腱をたたいても出ないか、出にくくなります。ちなみに、筋疾患での筋緊張はどうなるでしょうか。筋疾患では、まず、筋力が低下します。筋緊張が低下することも多いのですが、末梢神経疾患ほどではありません。腱反射は低下します。筋疾患では、筋そのものが変化して固くなってしまうこともあり、必ず筋が柔らかくなるとは限りません。

 

6.錐体路障害慢性期:痙性麻痺

 錐体路障害の急性期には、弛緩性麻痺になりますが、急性期以降は痙性麻痺に変化します。痙性麻痺になると、筋肉が固くなり、動きも固く、ぎこちなくなります。手の指や足の指を始め、様々な筋を細やかに動かすことができなくなります。私たちが歩く時には、重心が前後左右に動きます。手を使って様々な作業をする時も含め、身体を滑らかに動かす時には、様々な筋肉の動きを細かく調整する必要がありますが、痙性麻痺ではこれができません。痙性麻痺には癖があり、足は爪先立ち(尖足位)になりやすくなります。手は手の平を下に向ける姿勢(回内位)になりやすく、上に向ける姿勢(回外位)が苦手になります。回外位をとる代表的な手の形は、スプーンでお皿の底をすくう時ですが、あのようにスプーンを持つのが苦手になります。痙性麻痺の人は、腱反射が亢進し、膝の下をちょっと叩いただけでも足が蹴りだすように大きく動きます。そして痙性麻痺では、病的反射が出現します。バビンスキー反射と呼ばれる、医学生ならだれでも知っている反射があります。これは足の裏の小指側を、かかとから小指に向かって、やや硬いものでこすった時に、足の親指が反り返ったり、足の人差し指から小指が扇を開くように開いたりする現象です。それが出ると病的で、錐体路の障害があることを強く示します。

 

7.腱反射について

 健常者で腱反射を調べると、出にくい人から出やすい人まで、かなり幅があることがわかります。それではこうした個人差と、運動麻痺のある患者さんの腱反射の減弱・亢進は、どう区別すべきでしょうか。腱反射が出るか出ないかと言うことだけではなく、まず、運動障害があるのか、そしてそれが弛緩性麻痺なのか痙性麻痺なのかということを、筋緊張や関節の動き、手足の指の細かな動きなどを、多角的に診察して病態を推測し、腱反射やその他の診察からその推測が正しかったどうかを確認するということが、正しい神経学的な診察法になります。

 

8.運動障害の種類を決定することについて

 非常に専門的な話をしてきました。私たち小児神経科医が診察して考えているのは、単に動かしにくい、動かせない、あるいは発達がゆっくりということだけではなく、その背景の神経学的な異常を特定することで、原因を探るために分類しています。今回は、そうした小児神経の医師の考え方について、紹介しました。

 

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JaSMIn通信特別記事No.77(青天目先生)