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JaSMIn通信特別記事No.76

2023.07.14

オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症の検査・治療の最新情報

 

熊本大学大学院生命科学研究部小児科学講座

松本 志郎、中村 公俊

 

要旨

 オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC) は、尿素サイクルを構成する酵素の1つであり、カルバミルリン酸とオルチニンからシトルリンとリン酸を合成する活性を持っています。先天的なOTCの欠損では、激しい高アンモニア血症を示すため、新生児スクリーニングが可能となる様に研究が進められています。診断のための遺伝子検査が実用化されており、これまで400を超える変異が同定されています。出生前診断に関しては研究段階ですが、いくつかの施設では実施されています。治療に関しては、肝臓移植治療が根治治療ですが、細胞移植治療、遺伝子治療についても臨床研究が進んでいますので、情報を共有したいと思います。

 

1. はじめに

 尿素サイクルは、タンパク質代謝の結果生じる毒性物質であるアンモニアを安全な尿素に代謝する経路であり、5種類の酵素、1種類のCPS1の活性化因子の合成酵素および2つのトランスポーターから構成されています1)(図1)。この尿素サイクル(尿素合成経路)を構成する代謝酵素に先天的な機能低下があり高アンモニア血症をきたす病気が尿素サイクル異常症です。その代表的な疾患の一つがOTC欠損症です。頻度は約80,000人に1名です。OTC欠損症は、1)尿素サイクル異常症の中で最も頻度が高い疾患であり、2)成人で発症する遅発型であっても生命に危険を及ぼす様な高アンモニア血症となる場合があること、3)治療・対処方法がある程度確立していること、からスクリーニングの対象疾患として研究が進められています。

 

 

2. 病気の特徴

 人には、男女の特徴となる性染色体(X染色体とY染色体)があります。OTC欠損症は、X染色体に原因があります。女性はこのX染色体を2つ持っているため、片側のX染色体に病気の遺伝子がある場合、もう一方のX染色体は正常に働いていますので、通常は病気になりにくいのです。しかし、実際は以下の理由からその様に単純にならないことがわかってきました。

 

(1) X染色体不活化による影響

 性染色体XとYにおいて、女性はXX、男性はXYの組み合わせとなります。女性の場合、X染色体の遺伝情報は、男性の2倍となるため、片側のX染色体を働かない様に抑制すること(つまり2本のX染色体のうち片側しか働かない)で遺伝子の量の差を是正しています。つまり、OTCの女性患者様では、病気の遺伝子を含むX染色体と正常なX染色体のどちらか一方が不活化されています。図2にOTC欠損症女性の肝臓におけるOTCタンパクの発現(茶色領域)を示します3)が、茶色い部分が混ざった状態になっているのがわかるかと思います。つまり、肝臓の中でも正常の遺伝子が働いている部分と病気の部分が混ざり合った状態になっているのです。このようなまだらな分布を示すことから、肝臓の針生検による酵素診断では、採取した部位により大きく結果が異なるため確定診断は困難であり、肝組織を用いた酵素診断はOTC欠損症女性に関しては難しいとされています。また、肝臓は常に再生を繰り返しているため、OTCタンパクが正常に発現している領域の割合は変動していると考えられています。そのため、年齢で食べることができるタンパク質の量(タンパク質への耐性)が変動する現象が報告されており、生活に何も変化がないにも関わらず状態が悪化する場合が報告されています。

 

 

3. 生化学的特徴とスクリーニングへの応用

 尿素サイクルの重要な機能は、有害なアンモニアを尿素窒素として代謝し、排泄することです。人では、尿素サイクルが完結して尿素窒素を生成できる臓器は肝臓のみであり、5つの触媒酵素(CPS1, OTC, ASS, ASL, ARG)、補酵素(NAGS)、そして少なくとも2つの輸送タンパクが必要とされています(図1)。OTC欠損症では、カルバミルリン酸からシトルリンの合成が障害されるため、カルバミルリン酸が上昇し、シトルリンが低下します1)。ミトコンドリア内に蓄積したカルバミルリン酸はオロト酸へと代謝されて血液中および尿中で増加します1)(図1)。また、末梢臓器では、増加したアンモニアはグルタミンとして肝臓に輸送されるため、血液中のグルタミンが上昇します。これら(シトルリン、グルタミン、オロト酸)の生化学的変化を指標としてスクリーニングが開始されています。これまでの報告で指標とされたバイオマーカーは様々であり、シトルリン/アルギニン、シトルリン/フェニルアラニン、グルタミン/シトルリン、グルタミン酸/シトルリン、オロト酸などがスクリーニングとして用いられています5)。少なくとも2020年12月末までに米国8つの州で公的スクリーニングとして実施されており、米国以外でも研究として開始されています5)。OTC欠損症のもっとも大きな規模のスクリーニングデータとしては、シトルリンとオロト酸を指標として新生児114万人を対象としたイスラエルのスクリーニングが有名です6)。オロト酸>10μmol/L、シトルリン<10μmol/Lを指標としたこのスクリーニングでは、感度(病気の人のうち陽性と判定された人の割合)63.63%、特異度(病気でない人のうち陰性と判定された人の割合)99.99%という結果でした。さらに検討が必要ですが、グルタミン、アルギニンなどの別の指標と組み合わせることで感度を上げることができる可能性が指摘されており、期待されています。日本では、島根大学の小林らのグループが新生児スクリーニングで用いられる乾燥ろ紙血を用いたオロト酸の検出技術を開発しており、今後の応用が期待されています。

 

4. 出生前診断

 OTC欠損症の場合は、遺伝子検査に加えて性別が重要となります。一般的には、絨毛膜(妊娠12週前後)もしくは羊水(妊娠16週前後)が使用されています。流産のリスクが絨毛膜検査では1%、羊水検査では0.3%ほどあるため経験の豊富な施設での実施が必要です(流産に至らない場合でも、出血や破水のリスクもあります)。ゲノムを採取し、男女が判別されます。通常女児の場合は、遅発型(一般的には軽い症状)もしくは無症候性キャリアーとなる可能性が高いのでそのまま妊娠を継続されます。次に、病気の遺伝子変異があるかどうかの検査が行われますが、母体成分の混入が否定できないため、精度の高い検査をする目的で次世代シークエンサーという装置を用いた解析が行われています。次世代シークエンサーを用いることで、母体成分の混入の頻度を確認することができます。さらに、細胞を用いた染色や酵素検査を加えることで検査の正確性を担保する工夫も行われています。必ずしも妊娠継続の判断のためだけではなく、安全に安心してお産ができる体制を整える(問題がなければ一般の産婦人科でのお産も可能)ために実施する場合もあります。いずれにしても法的根拠に基づいた倫理的解釈が重要です。ご家族の気持ちに寄り添った対応が必要となるため、遺伝カウンセリング体制が充実した経験豊富な施設で実施することが必要です。

 

5. 遺伝子治療を含む新しい治療

 本疾患では、ガイドラインに従って食事治療、アンモニアの解毒治療が行われます2)。さらに肝臓移植が根治術として実施されています。一方で、国内の生体肝臓移植治療では同一家族内で数人の患者が発生した場合にはドナーが確保できないなどの問題もあり、新たな治療が試みられていますのでご紹介します。

 

(1) 肝細胞移植治療・肝幹細胞移植治療7)

 これまでに5名(4名は成熟肝細胞、1名は肝幹細胞)の新生児発症型OTC欠損症患者に細胞移植治療が実施されています。一般的には肝細胞移植については、門脈から細胞が注入されます。肝幹細胞移植では肝臓へのホーミングレセプターが発現している種類の細胞があり、この場合は末梢静脈からの投与が可能なものも報告されています。いずれも短期的には効果が認められていますが、1ヶ月から数ヶ月程度で高アンモニア血症の再燃を認めており、肝臓移植への橋渡しの治療(一時的な治療)としての位置づけとしている論説が多く、現在は、開発が止まっている状態です。

 

(2) 遺伝子治療8),9)

 現在、実用化に向けた臨床試験としては脂質ベクターを用いたmRNAによる1つの試験とウイルスベクターを用いたDNAによる1つの試験が行われています(表1)。

 

 

 

①ARCT-810

 ARCT-810は、脂質ナノ粒子(LNP)を輸送媒体としたOTC欠損症に対するmRNA治療薬です。図3に示すようにLNP内部にOTCmRNAを包埋してOTC欠損モデルマウスへ投与した場合、高アンモニア血症が是正されています。投与量に依存して効果が得られており、1mg/kgでは全てのマウスに効果が認められています。これらの結果から、2020年にはfirst in human試験(健康な成人被験者におけるARCT-810の単回投与の安全性、忍容性、および薬物動態を評価するための第1相無作為化、二重盲検、プラセボ対照、漸増用量試験)が実施されました。

https://ichgcp.net/ja/clinical-trials-registry/NCT04416126

安全性が確認されたことから2022年6月から2023年9月までの間に12歳から65歳の患者様を対象とした第2相臨床試験が行われています。途中報告からはある程度の有効性が期待できる結果が得られています。

 

②MRT5201

 MRT4201は、米Translate Bio社が独自開発した脂質粒子(MRTプラットフォーム)を用いたmRNA治療です。OTC欠損症モデル動物への投与により肝臓でのOTC発現の回復、アンモニアの是正などが示されて、2019年にPhase I/II試験を開始すると予定されていたのですが、

https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1693415/000156459019008803/tbio-10k_20181231.htm

残念ながら米国の許認可機関からの差し止め指示があり、現在、開発は中断されています。

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03767270?cond=Ornithine+transcarbamylase+deficiency&draw=6&rank=3

 

③PRX-0D2

 PRX-0D2は、肝臓だけに取り込む様に修飾したポリマー粒子にOTCmRNA遺伝子を包埋した粒子を用いた治療です。OTC欠損症モデルマウスを用いた非臨床試験では、肝臓特異的に取り込みを認め、死亡率を改善した(Molecular Therapy Vol. 26 No 3 March 2018 a 2018 The American Society of Gene and Cell Therapy.)ため、2019年にPhase I/II試験が開始予定でしたが、試験は中止されています(理由は明らかにされていません)。

 

④DTX301

 DTX301は、Adeno-Associated Virus (AAV) Serotype 8 (AAV8)ベクターを用いたOTCの遺伝子治療薬です。2020年3月末までに9名のOTC欠損症患者に投与がされており、全ての症例で尿素合性能の改善やアンモニアの基礎値の是正が確認されています。

https://ir.ultragenyx.com/news-releases/news-release-details/ultragenyx-announces-positive-longer-term-results-first-three

日本では、2023年8月ごろから熊本大学病院で国際共同臨床試験が開始される予定となっており、12歳以上のOTC欠損症の患者様の応募が開始されています。

https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2073220097

 

⑤SEL-313

 SEL-313は、AAV8ベクター(AAV8の拒絶を少なくした)を用いたOTCの遺伝子治療薬です。2021年中に臨床試験開始を目指して準備が進められていました。

https://firstwordpharma.com/story/5522899

有望視されていましたが、メチルマロン酸血症への試験を優先するために、OTC欠損症を対象とした試験はいったん中断されています。

 

6.最後に

 私たち代謝疾患を専門にしている医師は、残念ながら少なからず患者様を失った非常に悔しい経験があります。私たちは、この様な経験から少しでも多くの患者様が救われる様に研究を進め、治療薬の開発を進めています。ようやく今年の8月から遺伝子治療の国際共同(同時)試験を熊本大学で開始することができる準備が整いました。これからも微力ですが、力を合わせてより良い治療法の開発を進めていきたいと思います。

 

 

引用文献

1) Matsumoto S, et al. Urea cycle disorders-update. J Hum Genet. 2019 May 20. doi: 10.1038/s10038-019-0614-4.

2) 日本先天代謝異常学会編集、新生児マススクリーニング対象疾患等 診療ガイドライン2019 p67-86, 診断と治療社

3) Musalkova D, Sticova E et al., Variable X-chromosome inactivation and enlargement of pericentral glutamine synthetase zones in the liver of heterozygous females with OTC deficiency. Virchows Archiv (2018) 472:1029–1039.

4) Caldovic L, Abdikarim I, et al. GenotypeePhenotype Correlations in Ornithine Transcarbamylase Deficiency: A Mutation Update. Journal of Genetics and Genomics 42 (2015) 181-194.

5) Vasquez-Loarte T, Thompson J, et al., Considering Proximal Urea Cycle Disorders in Expanded Newborn Screening. Int. J. Neonatal Screen. 2020, 6, 77; doi:10.3390/ijns6040077.

6) Staretz-Chacham O, Daas S, et al., The role of orotic acid measurement in routine newborn screening for urea cycle disorders. J Inherit Metab Dis. 2020;1–12.

7) Iansante V, Mintry R, et al., Human hepatocyte transplantation for liver disease: current status and future perspectives. Pediatric Research Vol. 83, No.1, January 2018; 232-240.

8) Berraondo P, Martini P, et al., Messenger RNA therapy for rare genetic metabolic diseases. Gut 2019;68:1323–1330. doi:10.1136/gutjnl-2019-318269.

9) Website of gov, accessed on 22th December, 2020.

 

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JaSMIn通信特別記事No.76(松本先生)