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JaSMIn通信特別記事No.18

2018.05.07

異染性白質ジストロフィー(MLD)とクラッベ病(GLD

東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター・小児科 小林 博司

 

はじめに

 からだの中のある酵素が生まれつき欠損しているか、うまく働かないため起こる病気を先天代謝異常症と呼び、このうちライソゾームという細胞内小器官に内在する酵素が原因で起こる疾患をライソゾーム病と呼びます。このライソゾーム病でいわゆる白質ジストロフィーを来す代表的な疾患として異染性白質ジストロフィー(MLD)とクラッベ病(グロボイド細胞白質ジストロフィー、GLD)があります。

 ここで白質ジストロフィーとは
「 中枢神経系の白質が障害される遺伝性疾患 」
と定義されています。

 大脳などの中枢神経系を輪切りに(横断)した場合、肉眼で断面が白っぽく見える部分を白質、灰色がかっている部分を灰白質とよび(下図右は反転図)
●白質(下図矢印)は神経細胞(ニューロン)から伸びた軸索(有髄繊維)とグリア細胞(ニューロンを支えたり栄養を与えたりする働きがある細胞)の集まり
●灰白質(下図矢印:大脳皮質、尾状核、レンズ核)は神経細胞体の集まり
と考えられています。

 

 白質が障害されることを「脱髄」とよび、神経細胞の維持に重要なグリア細胞、およびグリア細胞から伸びている軸索を包む鞘(さや、髄鞘ともいいます)がやられ、神経細胞はその栄養補給や物理的支持基盤、興奮信号を速く伝える伝達手段を失ってしまいます。この結果、知的な能力の後退(退行)や痙攣、運動障害などが起こってきます。
 上で示したように「遺伝子異常」が主な要因で起こる脱髄性疾患を「白質ジストロフィー」と呼びますが、遺伝子以外の要因(例えば自己免疫など)で起こる脱髄性疾患には、有名な「多発性硬化症」などがあります。

 

異染性白質ジストロフィー(MLD

 スルファチドという物質(糖脂質)が過剰に中枢神経にたまるために起こる疾患です。患者さんの神経組織にトルイジンブルーという正常で青く染まる染色を施した場合、蓄積しているスルファチドが「通常とは異なる」赤紫に染まるためこの病名がついたといわれます。
 原因はライソゾーム酵素のアリルスルファターゼA(ARSA)の働きの低下でスルファチドを分解できなくなることによります。この結果、中枢神経で脱髄が起こり、退行、麻痺、視力低下、痙攣を来し、更に胆のう炎、乳頭腫、胆石を来すこともあります。ARSAの遺伝子は22番染色体にあり、その遺伝子変異が原因となります(常染色体劣性遺伝)。
 乳児後期型(1~3歳発症)、思春期型(4~12歳)、成人型(16歳~)があり、乳児後期型が典型とされます。診断は血液(白血球)などの酵素活性の低下、または遺伝子診断で確定します。
 治療は酵素補充療法(未承認)、骨髄移植も効果はあまりなく、現状では発症前の「遺伝子治療」が有望視され、海外では治験も進んでいます。これは兄や姉が罹患し、しかもMLDの診断のついている未発症の小児をリクルートし、上の子が発症した年齢に達する前に遺伝子治療を施行するもので好成績を収めています。

 

クラッベ病

 1916年フランスのクラッベ(Krabbe)医師により発見され、1970年に鈴木らにより原因となる酵素であるガラクトセレブロシダーゼ(GALC)が同定されました。この酵素が働かないと細胞毒性の強いサイコシンという物質が神経に溜まり、中枢から末梢神経に至る広い範囲の脱髄が起こります。この際、マクロファージ(*脊椎動物の組織内に分布する大形のアメーバ状細胞。生体内に侵入した細菌などの異物を捕らえて細胞内で消化するとともに、それらの異物に抵抗するための免疫情報をリンパ球に伝達)がサイコシンなどの蓄積物質を取り込んで多核化したものをグロボイド細胞と呼び、これが特徴的に組織に多く見られることからグロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)とも呼ばれます。

 

 

 発症年齢により乳児型、晩期乳児型、若年型、成人型に分類されますが、乳児型が最多で、生後3~6か月から発熱、易刺激性(イライラする・怒りっぽい)、哺乳障害、発達遅滞、末梢神経障害、痙性、視神経萎縮などを呈します。総じて神経症状が主体です。
 GALCをコードする遺伝子は14番染色体にあり、その遺伝子変異が原因となります(常染色体劣性遺伝)。診断は血液(白血球)などの酵素活性の低下で確定します。
 現在治療は骨髄移植が有効とされますが、乳児期の実施が推奨され、また末梢神経への効果には限界があるといわれています。酵素補充療法は未承認です。動物実験レベルでは遺伝子治療や骨髄移植と基質合成阻害療法(サイコシンなどの蓄積物質の合成を薬物で抑えてしまう方法)の組み合わせなどの研究が進んでいます。

 

 

 実はこのふたつの病気は同じスフィンゴシンという物質(*炭素数18の長鎖アミノアルコール。動物の脳の抽出物から単離され,ギリシャ神話の怪物スフィンクスのように多彩な物性をもつが,生理機能がよくわからない謎の物質ということで命名されました。現在では生体膜に重要なリン脂質の構成成分としての役割などが判明しています)を骨格とするスフィンゴ糖脂質という中枢神経に多く分布する脂質の代謝経路に関係しています。そのスフィンゴ糖脂質の一種であるスルファチドが前述のARSAの働きで代謝されてできるのがガラクトセレブロシド、これが変化したリゾ体(*脂質部分の脂肪酸が外れた一本鎖のリン脂質)がサイコシンです。ARSAがうまく働かないと前述のようにスルファチドが蓄積しMLDを引き起こします。一方、ガラクトセレブロシドは下図のようにGALCで分解代謝され、保湿で有名なセラミドという物質になります。ここでガラクトセレブロシドはGALCのみならずGM1bガラクトシダーゼ(GLB)という酵素でも代謝されるのですが、サイコシンはGALC以外には分解できる酵素がありません。このためGALCが働かないと毒性のあるサイコシンが蓄積してしまい、クラッベ病(GLD)を引き起こします。

 

 

 原因となる酵素(ARSA ・GALC)の違いで蓄積する物質(スルファチド・サイコシン)も変わり、臨床像も似ているけど少し違う(末梢神経障害、胆嚢病変の有無など)二つの疾患が現れるわけですね。

 

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JaSMIn通信特別記事No.18(小林先生)