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JaSMIn通信特別記事No.15

作成日:2018.02.08

ムコ多糖症

 

大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学
濱崎 考史

 

1.患者・家族が医療を拓く

~ムコ多糖症I型の酵素療法の開発の物語~

 現在ムコ多糖症I型に対しては、ラロニダーゼ(アウドラザイム®)が酵素補充療法として毎週1回の点滴が行われています。この酵素の開発には、ムコ多糖症I型と診断されたライアンとその家族の勇気と開拓精神がなければ実現しなかったかもしれません。
 ライアンは、テキサス州ダラスで1988年に生まれました。2才ごろよりお腹が大きいことに気づき、関節は硬く、伸ばしにくくなってきました。1991年3才の時、医師より、ムコ多糖症I型の診断を受け、10才まで生命はもたないと宣告されました。さらに医師からは、次第に目も見えなくなり、耳も聞こえなくなり、発達も遅れ、体中の痛みに苦しむだろうとの説明を受けました。
 父は警察官で、母は空港の職員でした。家族は、ライアンを助けるため同じ病気と診断された患者家族と情報を共有し、研究を支援するための資金集めの活動を開始しました。仕事の後や週末に近隣の家を周り寄付を募りました。100件まわって1件の寄付が得られればその日はラッキーでした。クッキーなどを売って、最初は数万円の寄付金からのスタートでしたが、数年のうちにその声はどんどん広がり、1億円以上の金額となり、製薬企業を納得させるまでになりました。
 一方、ライアンは7才になり、病状は進行し、大好きだった野球のバットも握ることができなくなりました。その頃、父は治療法を探していて、カルフォルニア大学で酵素の研究をしている医師と運命的に出会い、その研究を支援していました。1998年ようやくその研究が実を結び、ライアンが10才になる直前で、最初の酵素補充療法の治験(実験的治療)に参加することになりました。酵素を点滴することで、膨れ上がったおなかも小さくなり、動きにくい関節も柔らかくなり、苦しかった呼吸も楽になりました。12才には、好きなスポーツも再開できるようになりました。しかしこれですべてが解決したわけではありませんでした。ライアンは高校生になり、成績が徐々に低下してきたのです。一生懸命勉強しましたが、翌日には思い出せないのです。点滴からの酵素は、脳へは届かないためで、このままでは、認知能力がさらに低下するとのことでした。
 ライアンはSNSを通じてこの現状を訴えかけることで、多くの医療関係者を動かし、酵素を直接背中から注入するという治療法を“人道的見地から実施される治験”という形で2012年から開始しました。効果はすぐには現れませんでしたが、ゆっくりと着実にライアンの認知機能は回復してきました。大学に進学し、2017年5月に大学を卒業することができました。

 以下のサイトは英語ですが、ライアンと父親のインタビュー映像を視聴できます。
http://www.utsouthwestern.edu/newsroom/articles/year-2017/saving-ryan-maher.html

 

 日本では、日本ムコ多糖症患者家族の会が1986年に発足し、患者及びその家族同士の情報交換の場を提供してきました。会として、国に対し、治療法の解明に向けて研究班を設置し、これから先の患者の成長と共に起こり得る医療費負担などさまざまな問題を見据えて、“特定疾患治療研究事業”の対象疾患に認定されることを目標に粘り強く活動を続けていました。2001年にようやくムコ多糖症も含むライソゾーム病として、特定疾患の認定を受けることができ、成人期においても医療費補助を受けることができる基盤が整い、現在に至っています。
 ムコ多糖症I型に対する酵素製剤については、先のライアンが最初に参加した治験の成績などを基にして、米国では2003年に承認されました。日本ムコ多糖症患者家族の会は、いち早く日本の患者へこの酵素を届けるために、厚生労働省に早期承認を求める嘆願書を提出するなどの活動を行い、海外からの薬剤としては異例の速さで日本でも 2006年に承認されました。高額な薬剤ではありますが、特定疾患として自己負担額が軽減され、実施可能となっています。
 ライアンが現在受けている、髄腔内への酵素投与はまだ、アメリカでも日本でも一般的には認められていませんが、ムコ多糖症II型では同様の脳室内への酵素投与の治験が日本で始まっています。安全性と効果が確認され広く実施できることが望まれます。ムコ多糖症における治療法については、JaSMIn通信特別記事No.1(国立成育医療研究センター/奥山虎之先生)を併せてお読みください。

 

2.医師との付き合い方~かかりつけ医と多職種連携~

 ムコ多糖の症状は、全身に渡り症状が現れます。従って、診断を受けるまでに、また、ムコ多糖症と診断を受けてからもさまざまな診療科を受診することになります。
 赤ちゃんの時には、ヘルニアの手術を小児外科で受けたかもしれません。また、繰り返す中耳炎で耳鼻科に通っているかもしれません。目の症状で眼科にかかることもあります。そして何よりも、骨の変形や関節の拘縮で整形外科や理学療法が必要となることも多いかと思います。一般的な疾患であれば、1つの科で問題が解決できることが多いのですが、ムコ多糖症の場合は、多くの診療科をまたがって、それぞれの専門分野から知恵を出し合いながら治療を進めていく必要があります。稀な病気であるため、ムコ多糖症を数多く経験した医師は必ずしも多くはありません。また、ムコ多糖症を専門としている医師の多くは小児科医であり、小児科医自身は、整形外科、耳鼻科、眼科、歯科などの診療についての経験はなく、それぞれの立場から違う意見を聞かされることもあるかもしれません。
 では、患者・家族としてどの様にして医師に向き合っていくべきなのでしょうか?一番シンプルな答えは、遠慮せずに相談して納得するまで話し合うことかと思います。また、いろんなことを相談するには、病気や一般的な健康状態、療養中の心理・社会的問題、経済的問題も含めて総合的に相談できるかかりつけをもつことが重要と思います。信頼できる、相談しやすいかかりつけを通じて、いろいろな科の専門医との連携した診療が可能となると思います。また、医師は病気のことは知っているかもしれませんが、日常生活上困っていることについては疎いものです。その場合は、同じ疾患の患者・家族と情報交換することで、有益な情報を得ることができるかもしれません。先輩の患者・家族に出会えれば、将来についての漠然とした不安も和らぐかもしれません。福祉制度による生活上の支援を受ける場合は、地域の保健師、ケアマネージャー、ソーシャルワーカー、病院では医療ソーシャルワーカー(MSW)や遺伝カウンセラーという専門職の力も活用しましょう。

 

3.より良い医療をめざして~脱“専門家の意見”?~

 ムコ多糖症をはじめ、多くの希少難病では共通の問題点を抱えています。まだまだ光の当たっていない難病が数多くあり、根本的な治療法の開発のためには、病気のメカニズムを解明する地道な基礎的研究が不可欠です。
 残念ながら、成果主義の現場においては基礎研究の多くは継続していくことが困難な状況です。裾野の広い研究開発を維持するために、いろいろな立場から声をあげていくことが重要と思います。こうした基礎研究から生まれてきた治療法が本当に効果を期待できるのか、科学的に立証する作業も必要です。そのために臨床試験(治験)は行われています。
 ただ、未知の薬剤や治療法をヒトで初めて使用する場合には、十分な安全性、倫理性、科学的妥当性を満たしていなくてはなりません。開発している当事者では公正な判断ができない可能性があるため、治験を実施する施設毎に、中立的、第三者的立場の委員で 構成される治験審査委員会で検討され承認を得て実施されています。また、治験を実施するには多額の資金が必要で、そのためには製薬企業からの協力は不可避な現状があります。一方で、営利団体である企業と医師の連携が深まることで、患者の公的利益と相反する状態が生まれる危険性があります。日本で行われている、治験や臨床研究に関しては、透明性を確保するため、研究者に生じる公的利益(患者にとって効果があること)と私的利益(医師が金銭、地位、利権などを得ること)が発生するのかを開示し、利益相反状態を審査し、試験結果の解釈が公正に行える状態かを確認しています。このような厳しい審査を経て、安全性が確保され、一定の効果が認められた新しい薬や治療法のみが、国からの承認を受けることができます。


 現在、認められている治療法に関して長期的な効果や安全性は、世界中から報告される論文を科学的に偏りなくデータを収集して診療ガイドラインとして出版されています。診療ガイドライン上、もっとも信頼のおけるデータはちゃんとした治験から得られた複数のデータを結合させたデータであり、いわゆるメタアナリシスと呼ばれます。一方、残念なことに、医師個人の専門家としての経験から得られた“専門家の意見”はガイドライン上もっとも信頼度が低いものとして位置付けられています(泣)。

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。
JaSMIn通信特別記事No.15 (濱崎先生)