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JaSMIn通信特別記事No.62

作成日:2022.03.14

意外に知られていない?

新生児マススクリーニングと臨床検査におけるアシルカルニチン分析の違い

 

島根大学医学部附属病院・検査部/小児科

小林 弘典

 

1.はじめに

 私たち島根大学の代謝グループでは、先代教授の山口清次先生の時代から、尿中有機酸分析やタンデムマス分析(アシルカルニチン分析)などを通じて先天代謝異常症の診断や病態解明に携わってきました。そのうち、尿中有機酸分析については既にJaSMIn通信特別記事No.11で、長谷川有紀先生が詳しく解説されています。そこで今回は、今ではタンデムマス検査などとして広く知られているアシルカルニチン分析について、新生児マススクリーニングでの検査と、精密検査や定期受診の際に行う検査では、意味や検査法、場合によっては検査値も違う事があるという、ちょっと混乱を招くようなお話しをしたいと思います。

 実はこの事、今の自分には常識ですが、2004年に私が初めてタンデムマス検査に関わるようになった頃は正しく意識出来ていませんでした。今でも、先天代謝異常症の診療に関わることが少ない医師であれば、「アシルカルニチン分析で得た検査値は、どこの施設で測っても、いつ測っても同じ結果が得られる」と考えている方も少なくないと思います。この記事では、新生児マススクリーニングと臨床検査では同じ名前の検査なのに何が違うのか、どうして違うのか、などを解説するとともに、私たち島根大学の最近の取り組みなどについてもご紹介したいと思います。

 

2.新生児マススクリーニングと臨床検査

 まず、そもそも新生児マススクリーニングというのは単なる検査ではなく、そのままだと後に命の危険があったり、重い後遺症などを残す可能性がある生まれつきの病気を、新生児期に早く見つけて早く治療してあげることで、赤ちゃんを救うための社会全体の取り組みを指します。言い換えると、病気を見つけるための検査だけではなく、治療やその後のサポートを含めたシステムの事が新生児マススクリーニングと言えます。そうはいっても検査のところは一緒じゃないの?と思われるかもしれませんが、実は全新生児を対象とする検査である事が新生児マススクリーニングで行う検査の特徴を決めています。つまり、毎年日本で出生する80万人以上の新生児を税金(公費)で検査する必要があるため、十分な検査精度を保ちつつも、検査費用が高くなりすぎないようにする事も求められます。たくさんの検体を毎日分析するため、分析時間も短い必要もあります。また、新生児マススクリーニング検査の役割は、あくまでも病気の可能性がある赤ちゃんを見逃しなく判定して、最終的な診断を確定・治療を行う医療機関につなげる、ということです。基本的には生まれた時のみの検査であり、その時にしっかり、病気の可能性がありそうか、無さそうかを正確に判定できればそれで良いということも言えます。

図 検査施設ごとのC3/C2の分布の比較

 

 一例を示します。新生児マススクリーニングでは沢山のアミノ酸やアシルカルニチンという物質の濃度を同時に測定しています。例えば、メチルマロン酸血症およびプロピオン酸血症は、プロピオニルカルニチン(以下、C3)と、C3とアセチルカルニチン(C2)との比であるC3/C2比の組み合わせで判定をしています。図に示しているのはある時点における島根大学を含む複数の検査施設におけるC3/C2の分布を比較したものです。これを見ると、施設毎にその値は結構違う事がおわかりいただけると思います。この違いは分析する機器の違いや、測定キットの違い、等の様々な要因で起こります。技術的には値を揃えることも不可能ではないのですが、それには大きなコストがかかります。しかし、病気の可能性を正確に判定するという事を目的とするならば、必ずしもそこまでの必要はありません。例えば各施設の集団における99.5パーセントタイル(最小値から数えて99.5%の位置にある値)以上の場合を陽性とする、などと決めることでどの施設でも正確な判定が出来る事になります。この場合、各施設で陽性とする基準値は異なりますが、当初の目的を達成するためには大きな問題はなりません。

 

 

 一方、臨床検査としてアシルカルニチン分析を行う時は、新生児マススクリーニングとはかなり考え方が違います。全国どこでも、いつでも同じ検体を分析した場合に同じ検査結果が出る必要があります。臨床医にとってこの事は当たり前の事ですし、普段の診療では意識することは殆どありません。肝機能の検査や腎機能の検査が、A病院とB病院で測っても同じであることや、同じ患者さんが病院をかわって検査を受けても、前の病院での検査値と比較する事が出来ないと診療が成り立たないからです。しかし、この様な事ができるのは、臨床検査の現場では、厳しい精度管理や標準化といわれる作業を、コストと時間をかけて行っているからです。現在、臨床検査として行うアシルカルニチン分析はろ紙血ではなく、血清という通常の検査でよく用いられる血液検体を用いる事が多くなりました。これは、殆どの場合で血清検体の方が診断的な感度が高いことや、安定した結果が得られるためです。

 もともと使われていた血清アシルカルニチン分析の測定法は新生児マススクリーニングの分析方法をマイナーチェンジしたもので、前述のような施設間の違いを避けることが出来ませんでした。また、島根大学でも経験しましたが、同じ施設であっても、検査機器を変更するだけで検査値が少しずつ変わっていました。これは患者さんを診療する上では大問題です。臨床現場では、治療の効果や病勢をアシルカルニチン分析の結果で判定することも少なくありません。臨床医がどこでも同じ検査結果が得られると信じている検査なのに、実はそうではないとなれば…、この判断の根底が覆される事にもなりかねません。私自身も検査に関わりつつも、一人の臨床医として何とかその課題を解決したいと思っていました。そこで私たちはキットメーカーと一緒に分析キットを作成し、誰がいつ検査しても、同じ値がでるような仕組みを作りました。もちろん、分析機器が変わっても問題ありません。この方法は従来の簡便な方法に比べて、コストもかかるし、時間もかかります。しかし、患者さんに良い医療を提供するための、大前提になるものですから、必要な事だと信じています。ここ5年ほどでようやく、普通の臨床検査としてアシルカルニチン分析を提供できるようになったのです。現在、島根大学以外でこのキットがどの程度使われているのかは正確に把握していませんが、多くの検査室はその重要性に賛同してくれて、近い将来には全国どこでも同じ「物さしで」アシルカルニチン分析の結果を判断する日が来ると期待しています。

 

3C5アシルカルニチンにおける偽陽性判定の改善

 私たちは、長らくガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)やタンデムマス(液体クロマトグラフ質量分析計:LC-MS/MS)などを使った分析を中心として、先天代謝異常症の診断、治療等に関わってきました。近年は、その経験や技術を活かして、臨床現場での課題解決にも積極的に取り組んでいます。以下にその一例をご紹介します。

 タンデムマス・スクリーニングでは、以前から赤ちゃんやお母さんがある種の抗生剤を内服している場合にイソ吉草酸血症の疑いとしてスクリーニング検査が陽性となる問題がありました。このように実際には患者さんではないにも関わらずスクリーニング検査で陽性になった場合を偽陽性といいます。これは抗生剤の成分が影響して生成されるピバロイルカルニチン(p-C5)という成分とイソ吉草酸血症のスクリーニング指標となるイソバレリルカルニチン(i-C5)が、同じC5アシルカルニチンとして測定されてしまうため、区別出来ないことが原因という事は分かっていましたが、スクリーニングの検査方法ではこれを区別する事が技術的に出来ないと言われていました。これまでは、この様な場合、精密検査のために病院を受診していただき、尿中有機酸分析などの詳しい検査を受けていただく必要がありましたが、これは赤ちゃんにとってもご家族の方にも大きな負担でした。私たちは、p-C5とi-C5が分析する際に示すわずかな物理化学的な特性を利用して、ごくごく簡単な方法でこの二つを判別する方法を見つけました。この方法は分析機器メーカーの島津製作所との共同研究で実用化する事が出来ました。この方法が拡がっていけば、偽陽性で心配な思いを抱きながら病院を受診する方の数を随分減らす事が出来ると期待しています。

 他にもOTC(オルチニントランスカルバミラーゼ)欠損症を新生児マススクリーニングの対象とするための取り組みや、ムコ多糖症の診断やスクリーニングを目的としたグリコサミノグリカン(GAG)の精密分析法など、ご紹介したいことは沢山ありますが、これはまた別の機会にしたいと思います。これからも私たちは色々な人達と力を合わせて先天代謝異常症の患者さんやご家族のための取り組みを続けていきたいと思っています。

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.62(小林弘典先生)