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JaSMIn通信特別記事No.7

作成日:2017.06.05

先天代謝異常症の遺伝子型を決定する意義について
岐阜大学大学院医学系研究科小児病態学
深尾 敏幸

 

 岐阜大学の深尾です。今日は“先天代謝異常症において遺伝子診断はとても重要である”をテーマにお話ししたいと思います。

 

1.疾患の発症には遺伝的要因と環境要因の両方が関わっている

 一般に疾患の発症には、遺伝的要因と環境要因の両方が関わっているとされています。たとえば、アレルギーは明らかに遺伝的な要因もあるものの、育つ環境(花粉、食物、住の環境など)の関与が大きい疾患です。がんも遺伝的要因の強いがん(家族性乳がんや家族性大腸ポリポーシス)もあれば、環境要因の強いがん(アスベストによる中皮腫など)もあります。また、痴呆症のなかにも遺伝性の強いアルツハイマー病などから、環境要因が大きい痴呆症もあります。ここでいう遺伝的要因というのは必ずしも両親から引き継いでいる遺伝的要因のみでなく、その患者さんに生じた遺伝子の異常も含まれます。すなわち、両親が全く遺伝的要因を持っていない場合もあるということです。

 

 

2.先天代謝異常症における遺伝的要因と環境要因

 では、先天代謝異常症はどうでしょうか?先天代謝異常症は、ある酵素の先天的な欠損もしくは活性が低下しているために発症する疾患です。ですから、先天的に欠損状態は決定されているので遺伝的要因が非常に強い疾患といえます。では、環境要因はどうでしょうか?脂肪酸代謝異常症の中鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症(MCAD)では、その新生児マススクリーニングが開始される前は、同じ遺伝子異常を持っていても約半数の子は生涯一度も発作を起こさず、半数は3歳までに低血糖発作で発症し、しかも重篤で後遺症を残したり乳幼児突然死症候群になったりします。この差は、その子がおかれた微妙な環境の差と言えるかもしれません。けっして発症した子の環境が悪いという意味ではなく、たまたま感染し、たまたま食事をせず寝てしまうなど、そのときの一時的な環境という意味です。確かに有機酸代謝異常症、脂肪酸代謝異常症などでは、空腹や感染が発症のきっかけとなり、これは環境要因になります。また、先天代謝異常症における感染時の対応や空腹を避ける対応、食事療法などは、この疾患の環境要因を最小限にしていると言っても良いかもしれません。

 

3.遺伝子変異と臨床病型

 同じ疾患であっても、臨床症状に差が見られる疾患があります。たとえば、プロピオン酸血症では、

A) 新生児期からアシドーシス、高アンモニア血症を繰り返して、透析をしなければならず、最終的に肝移植をしないと安定しない方

B) 乳児期の感染に伴ってアシドーシス、高アンモニア血症の発作があって診断されたものの、その後はたんぱく制限、カルニチン等の薬物療法で発作もなく成長している方

C) 無症状であったものの小学校の心電図検診でQT延長から本症が疑われて診断される方

D) 新生児マススクリーニングでプロピオン酸血症と言われて注意して経過を見てもらっているが、発熱時を含めて一度も発作がない方

がいて、同じプロピオン酸血症でもその臨床像は大きく異なります。

最近の但馬剛先生(国立成育医療研究センター)の解析結果によると、少なくともPCCB遺伝子のY435C変異のホモ接合(父母由来の2本の遺伝子が同じ変異)はD)のパターンをとると考えられます。 またA)の遺伝子変異はB)やC)よりも重症な変異の組み合わせであることが多いです。ムコ多糖症のようなライソゾーム病でも、重症型、中間型、軽症型など、遺伝子変異の種類によって臨床病型が決まってきます。つまり、遺伝子変異の同定によって臨床病型を決定できます。

 

4.遺伝子診断の重要性

 では、遺伝子変異ではなく、残存酵素活性がどれだけあるかで重症かどうかは決まるはずなので、酵素活性で臨床病型を決定するほうがいいという意見も当然あるでしょう。その通りなのですが、通常の酵素活性測定では、重症例と軽症例で差がはっきりしない場合(測定技術の問題)も多く、変異たんぱくの発現解析によってのみ重症な変異と軽症の変異の差が明らかにできることがあります。ライソゾーム病では、明らかに活性が低下する遺伝子多型を持っていて、正常の数パーセントの活性でありながら発症しない可能性もあるわけです。
 このような遺伝子型が臨床病型と関係している(相関している)疾患が先天代謝異常症には多いのです。どの疾患なのかという「疾患診断」も重要ですが、どのような遺伝子変異を持っているかという「遺伝子診断」がその疾患の重症度、治療反応性や予後に重要な訳です。

 

 

5.遺伝子診断の現状と未来へ向けて

 これまでは遺伝子解析は時間と手間がかかり、保険診療では実施できず、研究レベルで行われてきたために、遺伝子診断を受けていない患者さんも多いと思います。一方、数年前から新生児マススクリーニング1次対象疾患の多くは保険収載され、保険で検査が可能になってたものの、保険点数が安く、検査をしても赤字になるので企業のメリットはないため、どの検査会社も引き受けてくれませんでした。このような状況から、多くの疾患の遺伝子検査は、その疾患を研究している大学などの研究室でボランティア的に行われております。AMED(日本医療研究開発機構)深尾班では、この2年間、研究費を用いて新生児マススクリーニング対象疾患の遺伝子診断を行ってきました。今年からは保険収載された遺伝学的検査が保険の範囲で出来るようになります。保険収載されていない2次対象疾患は、継続して研究費で遺伝子診断を行っていこうと考えています。

 これからの新生児マススクリーニング対象疾患の研究においては、患者さんの遺伝子変異を同定した上で、どの遺伝子変異をもっている患者さんがどの程度の食事制限で治療がうまくできているのか、その治療によってアシドーシス発作が予防できているのかなどの情報を蓄積することが必要です。これにより、将来、同じ遺伝子変異をもった患者さんへ大きなプレゼント(情報)を渡すことが出来ると考えています。そして、私たちは、診療ガイドラインにおいても、遺伝子で規定される重症度から、ある程度診療内容を分けていくことが可能になると考えております。

 これからもJaSMInにご登録いただいた患者さんにぜひご協力いただき、少しでも良い診療ガイドラインを作成し、患者さんの診療にお役に立てるよう努力してまいりたいと思います。

 

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JaSMIn通信特別記事No.7(深尾先生)