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JaSMIn通信特別記事No.55

作成日:2021.07.02

古くて新しい病気:

オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症

 

埼玉医科大学小児科・ゲノム医療科・難病センター 大竹 明

 

はじめに

 最近新生児発症型オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症男児2例を経験し、両例とも血液濾過透析を中心とする集中治療を行なった。最初の例は残念ながら亡くなったが、家族内検索で診断された母に肝臓移植を行なうことができ、その後元気な弟さんを儲けておられる。今年経験した2例目は治療が奏功し、本人は今の所神経症状もなく肝移植を待っているところである。しかし発端者を契機に診断された2歳の姉の症状が重く、急いで肝移植を準備している。今回の小論では、何故今も特に女性のOTC欠損症は診断が遅れるのかを考え対策を練ると共に、古くて新しい病気OTC欠損症の最新の知見も分かりやすくお届けしたいと思う。

 

1OTC欠損症

 ヒトを含む哺乳類の肝臓には尿素サイクル(図1 1)が存在し、主にタンパク質に由来する有害なアンモニアを無害な尿素に転換解毒する。OTCはその尿素サイクルの第2段の酵素で、アンモニアからカルバミルリン酸合成酵素I(CPS1)の作用で生成されたカルバミルリン酸とオルニチンを縮合し、シトルリンを生成する。OTC欠損症は最も頻度の高い尿素サイクル異常症でX連鎖遺伝形式をとる。優性(顕性)、劣性(潜性)を明記しなかったのは、女性は男性並みの重篤な症状を示す方から無症状の方まで、その症状の現れ方が非常に幅広いからである。

 

図1 尿素サイクルと代替経路治療法の概略(文献1より引用)


2
.私の医学博士号のテーマはOTC欠損症

 千大院医博乙第861号(昭和63年1月20日)「オルニチントランスカルバミラーゼ欠乏症の分子的基礎―自検ヒト欠乏症例と変異マウスを含めた考察―」が、私の医学博士論文のタイトルである。昭和61年に結婚した文系の人間である妻が、すぐに「“OTC欠損症”が自分の夢に出てきた」と言うくらいであったので、当時の私の頭の中はさぞOTCで一杯だったのであろうと思う。最初に出会ったOTC欠損症患者さんは女児で、2歳過ぎから“夜中に出歩く”などの奇妙な行動が出現し、“小児心身症”と診断されていた。意識障害に陥り2歳9か月に私の大学に運ばれ血中アンモニア高値からOTC欠損症と診断され、その後の懸命な治療にも関わらず寝たきりの車椅子生活とはなったものの、現在40歳を超えた。ご両親、特にお母さんの頑張りには頭が下がる。

 

3.第1家系

 発端者は非血族婚の第1子。38週4日、正常満期産で仮死なく出生。4生日に3,000μg/dL以上の高アンモニア血症に気付かれ、5生日明け方より血液浄化療法を開始し、尿オロト酸高値等からOTC欠損症と診断されたが、治療の甲斐なく31生日に死亡。病因として既報の変異(c.140A>T/p.Asn47Ile)を本人はヘミで、母もヘテロで保持していた。

 母は9歳時に意識障害での入院歴があり、17歳頃から頻回に頭痛発作を繰り返し、OTC欠損症と診断後の様々な薬物療法にも関わらず頻回に本院の救急に来院され、その際のアンモニアは100-150μg/dLであった。相談の上、肝移植を前提に成育に紹介。精査の結果、母にみつかった遺伝子異常を祖母も伯母も保持しておらず、この伯母(母の姉)より部分生体肝移植を施行。その後元気な男児もお生まれになった。現在の笑顔(図2)をご覧いただきたい。

 

図2 第1家系の母と筆者

(ご本人から掲載の承諾は得ております)

 

4.第2家系

 発端者は非血族婚の第2子。38週4日、正常満期産で仮死なく出生。2生日昼に無呼吸、チアノーゼを認め血中アンモニア高値(480μg/dL)にも気付かれ、集中療法準備中にアンモニアは3,000μg/dLを超え、急いで血液浄化を開始。BUN(尿素窒素)低値、シトルリン低値とオロト酸高値からOTC欠損症と診断。翌日にはアンモニアはほぼ正常値まで低下し、現在2か月で自力哺乳は良好であり、8か月頃に肝移植を予定している。

 現在2歳の姉は、1歳10か月頃から、“目線が合わない”、“ふらつく”、“昼夜が逆転し日中も眠そうで母から離れられない”といった精神症状(?)があった。直ちに施行した検査では血中アンモニア900μg/dLと高値、さらにPT(プロトロンビン時間)10%と著明低値で肝不全の状態であり、緊急で血液浄化を開始し、オロト酸高値からOTC欠損症と診断。まもなく死体肝移植(父は脂肪肝でドナーに適さず)を予定している。

 母は小学校から不登校で、一時統合失調症の診断をうけ、現在は双極性障害として加療中。こちらでの採血では血中アンモニアは正常値であったが、子ども2人がOTC欠損症であり、本人もOTC欠損症であることは間違いない。

 

5OTC欠損症の新規知見

(1) 薬物療法薬の開発状況

 図1と松本先生の文献1)に詳しいので参照されたい。

 

(2) 肝臓移植

 今のところ根治療法として唯一の療法である。重症男児例も、出生前からの適切な対応によって、神経学的後遺症なく実施できた症例も多い2)。その意味でも母親、すなわち女性OTC欠損症患者の早期発見と適切な管理が大切である。

 

(3) 遺伝子治療

 アデノ随伴ウィルスを用いた治験がまもなく開始される。

 

(4) OTC欠損症は肝不全に陥りやすい3)

 実に50%以上のOTC欠損症例が、凝固異常から診断(PT INR 1.2以上)される肝不全状態に陥っており、中には繰り返し肝不全となる症例もあった。特に重症男児例に多かったが、この肝不全状態はAST/ALT上昇のない症例でも認められた。すなわちOTC欠損症の肝不全は肝細胞障害による二次的肝不全ではなく高アンモニア血症の直接作用と考えられ、この事実はプライマリーカルチャー肝細胞を用いた実験でも証明された。今後OTC欠損症に対してはアンモニアと共に初期からの凝固系チェックが必須であり、血漿交換等の肝庇護療法を導入するタイミングを失することがない様にすべきである。

 

6.女性OTC欠損症患者を正確・迅速に診断するのに有効な方法は?

 女性患者さんの症状は極めて非特異的であり、結局小児科以外の医師にもOTC欠損症の存在を知ってもらうことにつきる。第2家系の母の主治医はうちの精神科の教授であり、私の説明に対し“今後は精神病、神経症と思ってもスクリーニング的にアンモニアをどんどん測っていく”ことを約束いただいた。今後は私も(成人の診療も行なう)ゲノム医療科の身分を利用し、産科、精神科他の成人診療各科に対する啓蒙活動を強化していきたい。一人でも多くのOTC欠損症の女性患者さんが図2の様な素晴らしい笑顔になられることを祈ってこの小論を閉じたい。

 

文献

1) 松本志郎.JaSMIn通信特別記事No.26 2018年12月17日

https://www.jasmin-mcbank.com/article/1941/

2) 眞山義民他.日児誌 113(12): 1830-4, 2009

3) Laemmie A et al. PLoS ONE 11(4): e0153358, 2016

 

全文はPDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.55 (大竹先生)