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JaSMIn通信特別記事No.46

作成日:2020.10.08

遺伝子の検査技術の発達

 

鳥取大学 研究推進機構 研究戦略室/医学部附属病院遺伝子診療科

難波 栄二

1. はじめに

 先天代謝異常症の確定診断の方法には、酵素の測定、蓄積物質の同定、病理検査、遺伝子の検査などがあり、最近は遺伝子の検査が普及してきています。今回は、遺伝子の検査技術の発達について紹介します。

 

2. 原因遺伝子の解明について

 先天代謝異常症は多くの種類があり、それぞれ異なる遺伝子の異常が原因で、その原因遺伝子は1980年代から少しずつ解明されてきました。しかし、すべてが明らかになるのは2000年代以降です。当時の遺伝子技術では、一つの疾患の原因を明らかにするのに数年から10数年かかるのが普通でした。先天代謝異常症を含む遺伝病の数は7,000種類以上あり、それらの原因遺伝子をすべて明らかにするのは、いつになるかわからないと考えられていました。遺伝子の検査も、なかなかできない特殊な検査として扱われてきました。

 

3. 「次世代シークエンサー」技術の開発の経緯について

 しかし、2000年代になって画期的な技術が登場します。「次世代シークエンサー」という技術です。この開発の経緯について紹介します。ヒトの全塩基配列(ゲノム)を明らかにした「ヒトゲノム計画」は1990年に開始されました。この計画は、アメリカ、イギリス、日本などの多くの研究者が参加し、数千億円の膨大な費用を費やし、13年という長い時間がかかってやっと完成しました。しかし、この大掛かりな研究で明らかになったのは、基本的にはたった1人のゲノム情報でした。個人のゲノム情報をより簡単に知るために、2003年から「1000ドルゲノムプロジェクト」が米国で開始されました。文字通り、1000ドル(約10万円)でヒト1人のゲノム情報を短時間で解読する夢のような方法の開発です。この当時には、私は自分が生きている間に、こんな夢みたいな技術が開発されることはあり得ないと思っていました。

 

4. 「次世代シークエンサー」の登場

 ところが、ノーベル賞受賞者のジェームズ・ワトソンさんのゲノム情報を、わずか2ヶ月で解読することができた、という画期的な研究成果が2008年にネイチャーという雑誌に掲載されました。この研究に使われたのが「次世代シークエンサー」です。この後、欧米だけでなく中国も参入し、世界的に次世代シークエンサーを使ったゲノムの研究が盛んに行われるにようになりました。日本では、2011年に厚生労働省が次世代シークエンサー解析研究拠点を設置し、先天代謝異常を含む難病などのゲノム研究が行われ、多くの遺伝病の解明が行われてきました。現在も、この技術を使った「未診断疾患イニシアチブ(IRUD)」などの国の大型研究が進められています。「次世代シークエンサー」は年々改良されており、現在1000ドルゲノムは達成されてきており、近い将来には100ドルゲノム(1万円でゲノム情報を得ること)が可能な時代になりそうです。

 

5. 「次世代シークエンサー」の原理

 わずか5年程度の期間で、画期的な技術が開発できた背景には、半導体技術、レーザー技術、カメラ技術、コンピューター技術など、今の時代に欠かせない重要な技術の存在があります。次世代シークエンサーには、数千万~数億個の反応スポットがある、数センチの小さな反応用の板(チップ)が使われます。5~10分に1回の反応で、それぞれのスポットのゲノム情報を読み取ることができます。そうすると、10分以内に数千万~数億のDNAの情報を得ることができ、この反応を100~300回程度繰り返すことにより、数百億のDNA情報を得ることが可能になります。ヒト1人は30億のDNAからなるゲノム情報なので、これだけの解析能力があると、多くのヒトのゲノム情報を十分に得ることができるようになります。技術的には、小さなスポットに数千万~数億のスポットを作るための半導体技術、反応を検出するための蛍光物質とレーザー技術、一つ一つのスポットを読み取るためのカメラ技術、膨大なゲノム情報を処理するためのコンピューター技術などの進歩があって、「次世代シークエンサー」が作り出されました。

 

6. 「次世代シークエンサー」の結果について

 「次世代シークエンサー」からの出てくるゲノム情報は膨大です。ヒトのゲノムは0.1%の個人差があり、数千万以上の違いが出てきます。世界中で自分しか持っていないゲノム情報があることもわかってきました。この膨大なゲノム情報の中から、病気に関係した情報だけを取り出し、診断に使うことは簡単ではなく、AIを用いるなど様々な開発が進められています。また、病気に関係するゲノム情報をたくさん集め、データベースとして登録しておき診断に活用する取り組みが、診断率の向上のためには重要で、世界中で行われています。このデータベースを作るためには、多くの患者さんの協力が必要になります。

 

 

7.  遺伝子バリアント

 「次世代シークエンサー」により、単なる個人差なのか病気の原因なのか、わからないゲノム情報の方がとても多いことが明らかになってきました。今までは、病気の原因となるゲノムの情報を遺伝子変異と呼んでいました。しかし、病気の原因になるかどうかわからない、たくさんのゲノム情報をどう呼ぶかが問題になってきました。そこで、遺伝子変異という呼び方をやめて、「遺伝子バリアント」と呼ぶことが推奨されるようになっています。この「遺伝子バリアント」の中で、病気の原因としてはっきりしている場合には、「病的遺伝子バリアント」と呼び、明らかに病気の原因でない場合には「良性遺伝子バリアント」、判断ができない時には「意義不明遺伝子バリアント」などの区分を使うようになってきています。

 

8. 「次世代シークエンサー」を使った診断の課題

 「次世代シークエンサー」により、遺伝子の検査が飛躍的に向上し効率化しました。たくさんの遺伝子を一度に調べることができるのは、とても素晴らしいことなのですが、逆に知りたくない遺伝子の情報も知ってしまう可能性があります。直接の疾患の原因ではない、乳癌や大腸癌などのリスクとなる遺伝子バリアントが見つかる可能性などがあるのです。これらは、疾患の直接の原因ではないので「二次所見」と呼ばれます。この「二次所見」に対する対応は、世界的に議論され、最近日本でも方針が出されています。

 

9. おわりに

 「次世代シークエンサー」の登場により、遺伝病の原因遺伝子の解明や遺伝子の検査が大きく進歩しました。現在、先天代謝異常症の原因遺伝子のほとんどが明らかにされており、遺伝子の検査体制も充実してきています。先天代謝異常症の遺伝子の検査のほとんどは保険収載されており、その検査には「次世代シークエンサー」が使われるようになってきました。さらに、検査の品質や精度の確保の検討も進められています。今後、さらに遺伝子の検査が普及し、先天代謝異常症の診療が充実してゆくことが期待されます。

 

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JaSMIn通信特別記事No.46(難波先生)