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JaSMIn通信特別記事No.45

作成日:2020.09.01

小児四肢疼痛発作症

 

秋田大学 小児科 野口 篤子

 

1. はじめに

 今回は、「小児四肢疼痛発作症」という病気についてご紹介します。

 この「小児四肢疼痛発作症」は、2012年に秋田市在住の患者さんが当院を受診されたのを機に、鳥取大学や日本医科大学千葉北総病院、京都大学と共同研究を進め、2016年に国内での疾患概念が提唱された、という比較的新しい病気です。

 お子さんでよく手足が痛くなる、またはご自分が小さいころに足が痛かったことがあるという方は意外といらっしゃるのではないかと思います。けがを除くと、多くはいわゆる「成長痛」であることが多いですが、ファブリー病でみられる四肢痛、若年性特発性関節炎や腫瘍、感染症など内科に関係する病気でもおこります。ただ、なかにはいくら検査をしても異常がないお子さんもいらっしゃいます。この病気も、一般的な採血やレントゲン検査では診断が難しいことから、ときに成長痛と考えられたり、気のせいではないかと思われたりすることが多いのです。

 

2. どういう病気ですか?

 皆さんの体にある、「ナトリウムチャネル1.9(Nav1.9)」というタンパク質の機能が、ほかの人より強くなっているためにおこります。この「Nav1.9」は、神経細胞(後根神経節)のなかにたくさんあり、手足の痛みの信号を脳まで伝達するときに大切な役目をしています。患者さんでは、Nav1.9がよく働きすぎてしまうことが原因で、痛み発作をおこすと考えられます。

 

3. どういう痛みがでるのですか?

(1) 何歳ごろから?

 多くの患者さんでは1~2歳ごろ、「言葉を話すようになった頃」から気づかれています。なかには「小さい頃夜泣きがひどかった」とのお話をされる方もいますので、もっと早くから痛みがある可能性もあります。

 

(2) 痛みの特徴は?

 痛みは発作性に生じます。部位は膝、足首、肘、手首が多いですが、すねやもも、前腕や二の腕、足の付け根や肩を痛がるお子さんもいます(図)。背中や胸、お腹にはないのが特徴です。痛い場所が腫れたり赤くなったりすることはありません。そして患者さんにもよりますが痛みの発作は数分から数十分持続したのちに一旦おさまり、また痛くなるといったサイクルを数回繰り返します。痛いときは転げ回って痛がる、学校に行けない、眠れない、食事も進まない、など日常生活に支障をきたします。一方、痛みのない時間には一切の症状がなく、完全に正常となります。

図 小児四肢疼痛発作症の痛みの部位

 

(3) 痛みのでるきっかけは?

 痛み発作は不定期に生じますが、多くの方が「天気の崩れる前」「寒くなるとき」がきっかけになっており、今のところこの痛み発作に低気圧や寒冷刺激が引き金になっていることは明らかなようです。ゆえに夏より冬のほうが痛みの頻度が高く、そして梅雨の時期や台風の前にも調子を崩す方がたくさんおられます。冷えると発作がでやすいので夏場でも長袖の服を着たり、ひざ掛けやレッグウォーマーを使用している、という方もいます。また疲労も発作の誘引となります。一日中運動会や学校行事で動きっぱなしだった日の夜に痛くなる、などのエピソードが多く聞かれます。

 

4. ファブリー病の四肢痛や成長痛と似ています

 ファブリー病でも、小児期に手足の痛みを生じることがあります。この痛みの機序としては、小径線維といわれる細いタイプの神経線維にGb3などが沈着することをはじめ、いくつかの要因が関与しておきる神経性の痛みであるといわれています。

 これは、手足の先のヒリヒリする痛みや灼熱感として感じられます。痛みを正確に表現するのは難しいことですが多くは、焼けるような鋭い痛み、刺すような、耐えがたい、脈打つような、などと表現されています。この痛みは数分〜数日続き、発熱、天候の変化、気温上昇、ストレス、運動、疲労が誘因となります。また、疼痛出現時期は、4~12歳が9割といわれています。

 一方、小児四肢疼痛発作症での痛みは、鈍い痛み、骨の奥の痛み、痛いところは冷えている感じがする、と表現されることが多いです。痛い部位は、ファブリー病では手の指や手のひら、足指・足の裏など四肢の先端が比較的多いのに比べ小児四肢疼痛発作症は膝や足首、手首、肘などを痛がる頻度が高いです。もちろんどちらもそれ以外の部位が痛いこともあります。

 これに比べ、成長痛は小児の10~20%に生じる一過性の足の痛みで、幼児から小学校低学年によくみられます。膝やすね、ふくらはぎを痛がることが多く、痛みは夜に多いですが眠れないほどのものは少なく、朝には痛みは消失しています。この痛みのために学校に行けなくなるというようなことは基本的にはありません。

 小児四肢疼痛発作症は、成長痛に比べてずっと症状が強いです。発症もかなり早くて1~2歳ごろ、もしくはもっと前から、乳児のころから夜泣きがひどくて困る、などで気づかれます。4歳以降から症状がでてくることは稀なように思います。

 一方、お子さんで手足の痛みがでる病気は、打撲や捻挫、骨折はもちろんのこと若年性特発性関節炎や腫瘍、感染症など内科に関係する病気でもおこります。このような大きな病気をキチンと除外しておくことは大切です。

 

5. 検査

 この病気では、通常の血液検査やレントゲン・MRIなどの画像検査をしても異常はありません。現在唯一の診断方法は患者さんの血液をいただいて遺伝子を調べる、遺伝子解析というやり方に限られています。前述した「Nav1.9」の設計図に相当する、「SCN11A」という遺伝子を調べ、遺伝子の変化がみつかれば、診断確定に至ります。

 ちなみに全てのヒトはなにかしら遺伝子の異常をお持ちであり、誰もが遺伝子のタイプによってそれぞれの体質を形作っています。この遺伝子検査で異常がみつかったからといってそのひとが特殊なわけではありません。

 

6. 痛みへの対応は?

 特異的な治療はまだありません。保温やマッサージで痛みが和らぐお子さんも多く、患部をお湯やカイロで温めたり、強く揉んだりして対応されています。一方、現在治験薬の開発が進んでいます。新型コロナウイルスの影響によっては進捗がずれこむこともありえますが、順調に行けば本年度末には治験を開始できるのではないかという段階です。

 

7. 患者さんはどれくらいいるのでしょうか?

 これまでに遺伝学的に診断された患者さんは、全国で19家系です。ただ実際には遺伝子異常がみつからない家系も多いので、そこは今後の検討課題です。秋田県は患者さんが比較的多いのですが、関東、関西、中国地方、九州地方など、全国に患者さんがおられることがわかってきました。現在秋田大学ほか全国数ヶ所の小児科医が研究班を作り、調査を進めているところです。

 この病気は、患者さんのご両親のどちらかに同じ症状があることがほとんどです。このような遺伝のしかたを常染色体優性遺伝と言います。1つのご家系のなかには必ず複数の患者さんがいらっしゃいます。なかには5世代にわたって20名近くの患者さんの存在がわかったおうちもあります。つまりそのようなおうちでは100年以上前から痛みに気づかれ、語り継がれていることになります。しかも、「病院にいってもわからないからがまんしなさいと言われて育った」、「この痛みは7世代続くとの言い伝えがある」、などのお話も聞かれます。このようなお話から想像されることは、思っているよりこの病気をお持ちのひとは多いのではないか、その方々の多くは病院受診もされていないのではないか、ということです。

 

8. 最後に

 小児四肢疼痛発作症は、学童期に悩まれる患者さんが多くいらっしゃいます。痛くても見た目は正常であること、痛くないときはけろっとしているために詐病と疑われること、検査では異常がないことから、学校の理解を得るのに苦労されている方もおられるようです。これまでに診断に協力していただいたお子さんのうち、半分は新聞やインターネットなどから情報を得て親御さんが直接ご連絡をくださったケースです。普段の診療においてこのような疾患は珍しいです。

 治療法がまだなくて申し訳ないですが、診断がつくことで少しほっとされる方もおられると思います。もし疑わしい方がおられるようでしたらご連絡をいただければ幸いです。

 

 今回は先天代謝異常症とはちょっと分類の異なるお話となり申し訳ありません。掲載にあたり快くご承諾いただきました事務局の皆様、お読みいただいた皆様に感謝申し上げます。

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.45(野口先生)