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JaSMIn通信特別記事No.41

作成日:2020.05.01

メンケス病

 

大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学 濱崎 考史

1. メンケス病について

 非常に稀で、小児科の先生でも診る機会は少なく、最終診断に至るまでに時間がかかることもよく聞きます。典型的な症状としては、生まれて数カ月してなかなか首が座らず、筋力が弱く、様々な検査を行いながら、他の疾患を除外するなかで最終的に診断がつくことが多いかと思います。ようやく診断がついたとしても、ご家族にとって、病気のことを調べようと思っても、インターネットの検索では、情報があまりなく、また主治医の先生に相談しても、ご自身ではあまり経験がないのでわからないと言われることも多いのではないでしょうか? 私自身も数名の患者家族の方から、お話を聞かせてもらいながら、この病気について学んでいるところです。実際にどんな病気なのか、発達の遅れだけでなく、なぜさまざまな体の合併症がおこるのかをわかりやすく解説したいと思います。

 

 

2. メンケス病ってどんな病気?

 この病気についてあまり知られていないのは日本だけなく、海外でも同じ状況です。米国では、患者家族会があり疾患の啓発活動を行なっています1)。また、同じ病気の子供をもつ父親のダニエルさんは、映像デザイナーの仕事をしていたこともあり、2015年にメンケス病啓発の短編映画 “Menkes Disease : Finding Help & Hope”を制作し、多くの賞を受賞されました2)。この短編映画では、専門家による解説も織り交ぜながら、ダニエルさん自身も、メンケス病の子供をもつ親として、診断に至るまでの不安な気持ち、診断がついてからの治療の経過などを語っています。

 この病気は、銅を腸から吸収するのに必要な機能を担っている遺伝子(ATP7A)に生まれつき異常があるために起こります。普段我々は、体に必要な銅を食事から摂取しています。銅が体で不足すると何が困るのでしょうか?銅は体の中の特定の酵素が正常に働くために必要な微量金属です。銅を必要とする酵素はいくつか知られていますが、神経の機能に重要なアドレナリンなどのカテコールアミンを合成する酵素の一つも銅を必要とします。そのため、生後すぐから脳の発達が障害され、3ヶ月たっても首が座らない、その後の発達も遅れてしまう原因となります。ミルクの飲みも悪く、お腹もゆるくなります。ひどい泣き入りひきつけを起こす場合もあります。痙攣を繰り返し、てんかん発作の薬が必要となることもあります。アドレナリンは、神経伝達物質の一つですが、不足すると体温や発汗を調節する自律神経も正常に働くことができず、体温調節が苦手になります。低血糖の原因となることもあります。

 全身の症状としては、色素を合成する酵素やコラーゲンを強くする酵素も銅を必要とするため、髪の毛が縮毛で、色も薄いのが特徴的です。皮膚も色白で、関節の靭帯が弱く、肘や股関節が脱臼しやすくなります。骨も折れやすく、胸も漏斗胸となり陥凹していることもあります。膀胱の壁も弱く、いくつもの袋(憩室)ができてしまい、おしっこを自分でだすことができなくなります。その場合、溜まってきたらチューブで出してあげることが必要になります(導尿)。膀胱に石ができやすかったり、尿路感染症を起こしやすくなるので、膀胱を洗浄することが有効です。血管の壁もコラーゲンでできているため、血管が蛇行し、頭のMRIで検査すると見つかることがあります。これにより大きな出血につながることもあります。

 

3. 治療について

 治療は、銅を食事から吸収できないため、ヒスチジン銅を皮下に直接注射します。生まれて数日以内に投与できれは、より効果が期待できますが、生まれてすぐは症状もないため診断することは難しく、すでに発達が遅れてから治療を開始するため、効果がわかりにくいかもしれません。原因となる遺伝子は、X染色体上にあるため、X染色体が2本ある女児はこの病気になることはほぼありません。男児はX染色体が1本であり、兄がメンケス病の場合、弟が発症する可能性が50%あります。症状がない時期に診断して、生後すぐから治療を開始することができた場合には、兄と比較して明らかに症状は軽減します。注射薬だけでなく、銅と結合して届きにくい体の部分に銅を運んでくれる内服薬を併用することで、ヒスチジン銅の注射の量や回数を減らすことができます3)。しかし、残念ながら、ヒスチジン銅も、その他の薬剤もメンケス病の治療薬としては販売されていません。病院毎の未承認薬の倫理審査の審議が通らないと使用できません。このような超希少疾患の場合には安全で、迅速に必要な薬が全国に提供できる仕組みができることを強く要望します。

 

 

4. 今後期待されること

 米国では、動物実験で遺伝子治療の有効性が報告されました4)。現在、我々もまだ細胞レベルでの基礎研究ですが、遺伝子治療の実現に向けての研究を続けています。どんな良い治療も、早く診断して、早く開始する方がより効果を期待できるので、症状に気づく前に診断できることが理想です。そのためには、生後5日目にろ紙血を採取する新生児スクリーニングの対象疾患に加えていただくことが望まれます。技術的にはスクリーニングは可能ですが、残念ながらまだ実現する見通しはありません。ダニエルさんは、映画の最後を次のようなメッセージでしめくくります。“Until There is a cure, raising awareness and encouraging early detection offer the best hope”(治療法ができるまで、疾患の啓発・早期診断を推進することが、最善の希望である)。この病気のことを多くの人に知ってもらい、実際に困っていることを家族、主治医の先生が情報を共有し交流できる場が切望されます。

 

 

参考

1)  メンケス病患者会 (米国) ホームページ

https://themenkesfoundation.org

2)  DeFabio Design presents Menkes Disease : Finding Help & Hope

http://defabiodesign.com/blog/2015/3/2/defabio-design-presents-menkes-disease-finding-help-hope

https://vimeo.com/120211522

3)  Ogawa E, Kodama H. Effects of disulfiram treatment in patients with Menkes disease and occipital horn syndrome. J Trace Elem Med Biol. 2012, 26:102-4.

4)  Haddad MR, Choi EY, Zerfas PM, et al. Cerebrospinal Fluid-Directed rAAV9-rsATP7A Plus Subcutaneous Copper Histidinate Advance Survival and Outcomes in a Menkes Disease Mouse Model. MOL. THER. 2018:165–178.

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.41(濱崎先生)