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JaSMIn通信特別記事No.25

作成日:2018.12.03

トランジション医療Q&A

国立成育医療研究センター総合診療部 統括部長
窪田 満

 

 私はここ数年、先天代謝異常症に限らず、トランジション医療に取り組んできました。最近は、トランジション医療、移行期医療という言葉も、ようやく少し広まってきたかなと思います。ただ、「今までの先生にはもう診てもらえないのではないか」「肩をたたかれ、追い出されるのではないか」という誤解も多いようです。そのため、Q&Aという形を借りて、特に先天代謝異常症のトランジション医療に対する理解を深めていただければと思い、寄稿させていただきます。

 

Q1:小児科の先生にはずっとお世話になってきました。これからもずっと診ていただくわけにはいきませんか?

A1:確かに以前は、患者さんに対し、「ずっと(一生)診ていく」という小児科医の思いや約束もあったと思います。しかし、医学の進歩で多くの子どもたちを救命できるようになった反面、原疾患やその合併症を持ちつつ成人になる患者さんが増え、出産を含む成人としての健康管理や、小児ではなじみのない成人病への対応がいっそう重要になってきました。そうした課題に対しては、成人を専門に診療している診療科の方がより良い医療を提供できます。小児科医は小児医療に特化してきており、成人期の診療をしたいと考えても確信を持って行える状況ではありません。以上より、現代の医療システムでは、小児科医が「ずっと診ていく」ということが実現困難な状況になってきており、「ずっと診ていく」から、「最善の医療を考える」にシフトするべきだと考えるようになりました。成人期を迎えた患者さん一人ひとりにとって、最も適切な医療は何であるか、どこで誰が診療を担うべきなのか、それらを患者さん、そして御家族と一緒に真剣に考え、患者さんにとっての最善の利益を求めていきたいと考えています。

 

Q2:そうは言っても、成人診療科に先天代謝異常症を診療できる先生はいないのではありませんか?

A2:まず、患者さん一人ひとりにとって最もよい診療のあり方をご家族と一緒に考えさせていただいた場合、①適切な成人医療を提供できる他の医療機関に全面的に紹介する、②小児医療機関と成人医療機関の両方で分担して診療する、といった選択肢があると思います。JaSMIn通信をご覧の先天代謝異常症をお持ちの皆様は、②になることがほとんどだと思います。それは、御指摘のように、先天代謝異常症に詳しい成人診療科がないからです。先天代謝異常症の患者さんは、基本的には小児科の主治医が司令塔になり、関係する成人診療科と連携をとって成人期の診療を継続すべきと考えています。先天代謝異常症の専門医が、小児科医としてではなく専門医として、主治医としてではなくコンサルト医として、関わりを継続することが重要です。
 具体的には年に1〜2回、継続して診ていただいている小児科医を受診し、合併症に合わせて成人医療機関を選んでいくことになります。酵素補充療法のような特殊な治療も、かかりつけ医が、小児科医の指示、指導の下で行うのがベストです。さらに肺炎などで入院が必要な場合も、成人診療科に入院し、小児科医がコンサルトを受けるという形が望まれます。

 

Q3:小児科ではある年齢以上の患者は診ないということですか?

A3:患者さんごとに、現在そして将来の病状を考え、患者さんと共に最適な診療ができる場所を考えていきます。小児科で診療を行うことが適切であると判断した患者さんは、小児科で継続的に診療をさせていただくこともあります。ある年齢以上の継続診療は行わないという意味ではありません。
 しかし、より年齢が上がれば、いずれは成人診療の必要性は増してきます。そして、こういった患者さんの成人診療科での診療の必要性や受診機会を常に検討していくことは、医療側・患者さん側双方で取り組むべきことだと考えています。その結果、当初は上記の様に小児科での診療継続が選択された場合でも、次第に状況が変わることも考えられます。

 

Q4:成人年齢に近づく前からトランジションのための準備を行うと聞きますが、どのようなものですか。早すぎませんか。

A4:子ども自身が自分の病気を子どもなりに理解し、症状や治療にまつわる症状や気持ちを自分で気づきコントロールする力(ヘルスリテラシー)の獲得を支援することが「トランジション医療」の中心でもあります。成人診療科への転科はただの結果であり、より重要なことは、その子が大人になり、自分で診療科を選び、自分で受診することです。そのゴールに向けた、年齢に合わせたヘルスリテラシー獲得に向けた取り組みが重要です。そのための移行期支援プログラムや移行期支援看護師がいる病院もあります(国立成育医療研究センターは「トランジション外来」を開設し、この問題に精力的に取り組んでおり、私もトランジション外来担当医師として活動しています)。
 確かに先天代謝異常症の成人診療科への転科は困難で、前述の通り、先天代謝異常症の専門医との関わりは継続します。しかし、だからといって、ヘルスリテラシーの獲得がないがしろにされてはいけません。まずは、自分の病気の病名が言えるのか、どういった病気であるか言えるか、飲んでいる薬があれば、その名前や作用が言えるかから始まります。意外に多いのが、病名を知らない子ども達です。話をしてみると、「何か、訊いちゃいけないのかと思っていた」「知らなくてもいいって言われた」と子どもたちは答えます。薬や特殊ミルクに関しては、「飲めと言われているから飲んでいる」が多いようです。
 また、診察室で、医師と保護者だけが話していることがあります。それに対しても、「自分の事を大人が二人で話していて嫌だなぁと思っていた」「二人で話したいんだろうと思って口を挟まなかった」という子どもたちの答えを聞きます。
 以上のことから、少なくとも中学生になった時点で、疾患に関して詳しく教え、診察室では状況を自分で話せるようにし、服薬の意味を考えながら薬を自己管理するようにしていきます。それがヘルスリテラシーの獲得の第一歩です。

 

 

Q5:ヘルスリテラシーの獲得と言っても、うちの子は障害が重く、そういう状況ではないんですが、それでもトランジション医療は必要ですか。

A5:そのような場合は、保護者のヘルスリテラシーの獲得が重要になります。自分の子どもの病気ですが、最初は聞いたことがない先天代謝異常症で、ビックリして色々と調べますが、パニック状態だったこともあり、あまり頭に残っていないことが多いと思います。その後落ち着いてくると、あまり調べない方がいいのかなと思い、主治医からの言葉だけで終わっていることがあります。そのため、一度、しっかりと勉強し直し、自分の子どもの病気について深く知ることが重要です。そうやって知識が増えると様々な制度の問題点や矛盾に気がつくようになります。他の同じような疾患を持つご家族の大変さにも共感できるようにもなります。それは、患者会等、個人の利益だけでなく集団の利益に結び付く活動となっていき、より高度なヘルスリテラシーとなっていきます。
 障害が重い患者さんのトランジション医療の話をさせていただきますと、重症で寝たきりに近い患者さんの場合、在宅医をキーステーションにしていくと、成人診療科への移行がうまくいくことを経験しています。在宅医導入前は、様々な物品をもらい、カニューレを交換するために、毎月大きな病院に受診していたと思いますが、在宅医を導入すると、それが不要になります。しかも在宅医の先生は、成人の医療機関と強く連携していますので、肺炎などに罹患した場合は、在宅医の紹介であれば、間違いなく大きな総合病院に入院させてもらえます。専門的な治療に関しては小児科の主治医がコンサルトを受けつつ、成人診療科で治療する体制が組みやすくなります。
 ただし、現時点ではなかなか在宅医の先生が見つからない場合もあります。しかし、数年後に、十分な情報提供や切迫した成人診療の必要性などから在宅医を含む成人診療科の理解が得られることもあります。今は成人診療科への移行が実現しなくても、将来に向けて一歩ずつ、一生が診られる体制を、成人診療科と協働しながら実現する努力を止めないことが重要です。

 

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JaSMIn通信特別記事No.25(窪田先生)