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JaSMIn通信特別記事No.19

作成日:2018.05.31

メチルマロン酸血症

国立成育医療研究センター研究所マススクリーニング研究室  但馬 剛

 

 生命を形作る主要な物質は「有機物」と呼ばれ、炭素 (C) と水素 (H) で構成される基本骨格(炭化水素)に酸素 (O), 窒素 (N), 硫黄 (S) などが付加された形をしています。炭化水素骨格にカルボキシル基 (-COOH) が付加された有機物は「カルボン酸」と総称され、構造の違いによってそれぞれ「○○酸」と呼ばれます。よく知られたものとしては、例えば乳酸・酢酸・クエン酸などが挙げられます。生体内では新陳代謝によって多種多様なカルボン酸が生成されますが、有害なものは一定以上に蓄積しないようにコントロールされています。

 身体にとって有害なカルボン酸が処理できずに蓄積すると、血液・体液が酸性に傾いて、様々な症状が出現します。このような一群の病気を総称して「有機酸代謝異常症」と呼んでいます。原因となるカルボン酸は、主にアミノ酸の代謝過程で生じるもので(図1)、今回取り上げる「メチルマロン酸血症」は、最も代表的な有機酸代謝異常症です。

 

 

1.原因

 必須アミノ酸であるバリン・イソロイシンの代謝経路で働く酵素「メチルマロニルCoAムターゼ」の機能が低下することによって、メチルマロン酸をはじめとする有機酸が蓄積します(図2)。機能低下の原因は、酵素本体の障害による場合と、酵素の働きに不可欠なビタミンB12 を「活性型」に変換できないことによる場合があります。後者はビタミンB12の投与で改善することが多く、「ビタミンB12反応性メチルマロン酸血症」と呼ばれます。いずれの病型も「常染色体劣性」と呼ばれる遺伝形式(=両親がそれぞれ変異のある遺伝子を伝えることで子が患者となる)を示します。

 

 

2.症状

(1)急性症状
 血液・体液が急激に酸性化して活気低下・嘔吐などが現れるもので、次第に昏睡状態となることもあります。典型的には出生後、哺乳の開始とともに発症しますが、重症度に応じて様々な月齢・年齢で(主に乳幼児期)初発し、再燃を繰り返すことが少なくありません。

(2)慢性進行性症状
 乳幼児期以降、嘔吐を繰り返したり、食事が進まず発育が遅い、徐々に発達が遅れる、などの形で明らかとなります。長期的な合併症としては腎障害が重要で、透析が必要になる場合もあります。

 

3.治療

 「ビタミンB12反応性メチルマロン酸血症」であれば、ビタミンB12の投与だけで症状を抑えることができますが、そのようなケースは比較的少数に留まるのが現実です。
 ビタミンB12の効果がない場合の治療は、急性症状出現に対するものと、安定期に継続することで、急性症状の再燃や成長・発達への悪影響を防ぐためのものに分けられます。

(1)急性期
 十分なブドウ糖を点滴投与することで、筋肉のタンパク質が分解されて、有害な酸の元になるアミノ酸が血液中に増加するのを抑制します。
 食事からのタンパク質の摂取は控えるようにします。
 蓄積した有機酸の排泄を促すビタミン(カルニチン)を投与します。
 その他、アルカリ剤の投与による血液 pH の是正などの治療が適宜行われます。

(2)安定期
 症状や検査値の推移を見ながら、タンパク質・アミノ酸の摂取制限、カルニチンの服用、などを続けます。
 腸内細菌が産生するプロピオン酸が吸収されるとメチルマロン酸へと代謝されるため、抗菌薬(メトロニダゾール)や穏和な下剤(ラクツロース)を使用します。
 体調不良時は「早めの受診→ブドウ糖点滴」で急性症状を防ぎます。

 

4.食事

 有機酸代謝異常症の食事に関する基本は、「蓄積する有機酸の元になるアミノ酸の摂取量を制限する」ことです。メチルマロン酸血症で蓄積する有機酸は、主としてバリン・イソロイシンに由来する他、メチオニン・スレオニンの代謝過程でも生成します。

(1)乳児期
 タンパク質を除去した上で、制限対象以外のアミノ酸の混合物を加えて調製した「治療用ミルク」が乳業会社から提供されており、これを与えます。
 制限対象となるバリン・イソロイシン・メチオニンは「必須アミノ酸」であるため、まったく摂取しないというわけにはいきません。残された酵素機能の程度に応じて、母乳や通常の粉ミルクを併用することになります。

2)離乳期以降
 自然の食品から特定のアミノ酸だけを取り除くことはできないため、各食品中に含まれる制限対象のアミノ酸量を測定した資料を参考にして、摂取量を計算しながら献立をつくることになります。このような献立では、タンパク質やエネルギーの必要摂取量を確保することが難しいため、幼児期以降も「治療用ミルク」で補う必要があります。

 

5.肝移植・腎移植

 症状のコントロールが困難な重症例では、肝移植実施例が増加傾向にあります。これは、肝臓そのものが悪くなっているためではなく、移植される肝臓が持つ正常な酵素を補うことで、症状を改善させるという治療です。ただし、肝移植を行っても腎障害の進行は抑制できないと考えられており、さらに腎透析や腎移植が必要になる可能性が残ります。

 なお、腎移植によって肝移植と同様の全般的な改善効果が得られるとも報告されています。

 

6.新生児マススクリーニング

 有機酸代謝異常症では、代謝が停滞して細胞内に蓄積したカルボン酸が、カルニチンと結合して細胞外へ放出され、血液中に増加します。これは「アシルカルニチン」と呼ばれるもので、由来するカルボン酸に応じた炭化水素骨格を維持しています。タンデムマス法による新生児マススクリーニングでは、この炭素数の違いによって、どのようなアシルカルニチンが増えているかを測定して、病気の可能性を判定します。

 メチルマロン酸血症の場合は、1段階上流の有機酸であるプロピオン酸から生じる、炭素数が3個の「プロピオニルカルニチン」(「C3」と略記されます)をスクリーニングの指標としています。同じ指標で「プロピオン酸血症」も見つかりますが(図2)、日本人では治療の必要性が不明瞭な軽症例が非常に多くなっています。一方、メチルマロン酸血症でのC3の上昇度はプロピオン酸血症に比べて弱い傾向にあるため、特にビタミンB12反応性症例に対する発見感度の向上が課題となっています。

 新生児マススクリーニングで「陽性」となっても、再採血では正常化して精査に至らないことは少なくありません。再採血でも陽性なら精査が必要となりますが、実際には病気ではない「偽陽性」の可能性はなお残っています。マススクリーニングで陽性・要精査となった子供と両親・家族にとって、診断に至るまでの「宙ぶらりん」な期間は過酷なものであり、真の罹患者であれ偽陽性であれ、速やかに結論をはっきりさせることが重要です。具体的な確定検査は、血液や尿中の異常代謝産物の測定・酵素活性測定・遺伝子解析などを組み合わせて行われ、病気に応じて国内各地の専門家が協力しながら、明確かつ迅速な報告に努力しています。

 

7.マススクリーニング発見症例の情報集積

 新生児マススクリーニングは、公費を投入して実施されている母子保健事業であり、その効果・有用性は全国的な成績集計によって検証されることが望まれます。しかしながら、行政的な枠組みとしては各自治体の事業となっており、そこへ個人情報保護法による制約が加わって、各地の実態を集約することができないのが現状です。

 対象疾患を含む患者データベースとしては、小児慢性特定疾病事業の登録情報の他、近年では日本先天代謝異常学会による患者登録制度 “JaSMIn”などが立ち上げられていますが、タンデムマスという新しい方法が導入されたばかりの現在、「新生児マススクリーニングに特化した」しかも「悉皆性のある」データベースの構築は、喫緊の課題となっています。その解決には、新生児マススクリーニングが社会に広く認知されることが何よりも求められ、本稿がその一助となることを願うものです。

 

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JaSMIn通信特別記事No.19(但馬先生)