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JaSMIn通信特別記事No.51

2021.03.08

メチルマロン酸血症(及びプロピオン酸血症)に対する治療方法の開発

 

熊本大学生命科学研究部 小児科学講座

松本 志郎、坂本 理恵子、城戸 淳、三渕 浩、遠藤 文夫、中村 公俊

 

1.はじめに

 今回は、有機酸血症の中で最も苦労する重症型(新生児に発症されるタイプ)のメチルマロン酸血症(とプロピオン酸血症)について、最新の情報について私共が行っている研究も含めて共有させていただきたいと思います(詳しい病気の説明については、すでに但馬先生がJaSMIn通信特別記事No.44に詳しく情報を載せられていますので、今回は割愛いたします)。

 

2.日本国内の患者様の実態調査の結果

 2013年に行われた熊本大学の藤沢・中村らの国内調査では、有機酸血症全体の約半数がメチルマロン酸血症、1/4がプロピオン酸血症でした。特にメチルマロン酸血症の患者様の中で、ビタミンB12が効果を示さないタイプ(ビタミンB 12無反応型)の患者様が最も多く、全体の35%を占めていました(文献1)。一方でビタミンB 12反応型のメチルマロン酸血症の患者様では、ビタミンが有効であるために経過が良好であることもわかりました。プロピオン酸血症では、この調査以降に新生児マススクリーニングで軽症型が多く発見されるようになり、実際の患者数は増大しています。また、心臓などに長期的に合併症が起こるかどうかについても、但馬班での研究が進められています(詳しい説明は、但馬先生の特別記事をご覧ください)。

 治療内容では、カルニチンとタンパク制限が治療の中核であり(ビタミンB 12反応型の場合はビタミンB 12が中心)、それ以外の治療(メトロニダゾール、アルギニン、安息香酸ナトリウムなど)は症例ごとにバラバラであることもわかりました。このような治療を行った場合の予後についても調査がなされており、特にビタミンB 12無反応型メチルマロン酸血症の患者様の死亡率は58.8%と非常に高く、現在の治療だけでは命を助けることが難しい病気であることが明らかにされました(図1)。このような重症型のメチルマロン酸血症に対して、救命のために肝臓移植治療の試みが開始されました。

 

 

図1 メチルマロン酸血症およびプロピオン酸血症患者の移植をしない場合の生存率(文献1より引用)

 

3.日本国内の重症型メチルマロン酸血症に対する肝臓移植治療の実態調査の結果

 2016年に熊本大学の坂本・中村らが行った国内調査では、国内で13名の重症型メチルマロン酸血症に対してご家族からの部分生体肝臓移植が行われていました(文献2)。その結果、メチルマロン酸血症の急性発作をほぼ完全に予防できていることがわかりました(風邪をひいた場合でも点滴も不要で入院せずに過ごせておられるという意味です)(図2)。また、全員ではありませんが、食事制限が緩やかになり、成長発育が改善する(身長の伸び、および統計的に有意な増加ではないものの体重の増加傾向が見られる)ことがわかりました。一方で、神経学的な発達指数は改善を期待していましたが、実際には横ばいかやや低下傾向であることもわかりました(増悪はしていない点は重要です)。さらに腎機能についても緩やかではあるものの徐々に増悪傾向にある可能性も心配されるデータでした。このような長期的な経過の中での問題点として、神経に対する治療及び腎臓に対する治療については、改善の余地があることがわかりました。尿素サイクル異常症などの肝臓移植が根本的な治療法となっている病気とは異なっていました。つまり、かなり病状が安定するものの100%の回復を見込むことは難しいということがわかりました。

 

図2 移植前後のアシドーシス発作の回数と成長率の変化(文献2より引用)

 

4.世界的なデータのまとめ 〜メチルマロン酸血症およびプロピオン酸血症に対する臓器移植の成績調査結果〜

 私どもの共同研究施設である英国シェフィールド小児病院のYap教授、英国エバリーナロンドン小児病院のVara教授、スペインラパス大学病院のMorais教授らが2020年にまとめた結果では、373名(メチルマロン酸血症169名、プロピオン酸血症204名)の患者様が臓器移植を受けられていました(文献3)。そのうち、肝臓移植が行われた症例は、307名(メチルマロン酸血症114名、プロピオン酸血症193名)でした。移植後にお亡くなりになられた方の割合は、メチルマロン酸血症で11%、プロピオン酸血症で14%に及びました。これは一般的な小児の肝臓移植後の死亡率と比較しても高い値でした。また、移植後に継続する合併症の比率は、メチルマロン酸で49%(難治性嘔吐や原因不明の下痢)、プロピオン酸血症で54%(痙攣や脳梗塞発作など)と高い比率で病気の症状が継続することが報告されました。この論文では、肝臓移植の有効性(病状を安定させること)については高く評価していますが、注意点として100点満点の治療ではなく、移植後も合併症の予防のための治療が継続されるべき(タンパク制限やカルニチンなど)である点が強調されています。別の症例報告では、肝臓移植後には血液中の有機酸レベルは低下するものの髄液中の有機酸の値は低下しておらず、タンパク制限を解除すると髄液中の有機酸濃度が上昇する可能性も指摘されていますので、タンパク制限は完全には解除できないことがご両親からの生体肝臓移植の問題点として指摘されています。脳死肝臓移植が実施されているフランスからの報告では全員がタンパク制限を解除されていますが、米国からの報告ではタンパク制限は継続されていますので、欧米においても実際にタンパク制限が解除できるかどうかについては今後の課題とされています。実際のご家族の治療に関しては各主治医の先生の指示に従ってください。

 

5.最近の新しい治療薬開発状況

 この病気については、現在、3つの大きな治療薬開発が進められています。

(1) Product X(共同研究としての情報のため、引用文献はありません)

 米国のサンフランシスコにあるベンチャー企業が開発中の遺伝子治療薬です。AAV(アデノ随伴ウイルス)という遺伝子の運び屋を用いています。このウイルスだけを用いる方法は、他の治療で用いられていますが、マウスでは効果があっても、人に使用すると拒絶されたり、他の臓器に副作用をきたしたりする場合があります。この治療薬では、拒絶されにくく工夫されており、また、肝臓だけに効果が出るような仕組みを取っているのが特徴です。そのため、非常に長く効果が続くとされています(1年に1回程度の投与が検討されています)。現在、第I/II相臨床試験が米国で開始されています(新型コロナウイルスの蔓延で一時中断されています)。

 

(2) LB-001 (https://www.logicbio.com/pipeline/)

 米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるベンチャー企業が開発中の遺伝子治療薬です。これもAAVを用いていますが、私どもの共同研究者である米国NIH(国立衛生研究所)のVenditti教授が開発した特殊なAAVベクターを用いています。このウイルスベクターを用いると通常のAAVよりも拒絶が少なく、感染効果が長く続くことが報告されています。さらに、Product Xとの大きな違いとして、“相同組換え技術”という方法を用いて患者様自身の遺伝子自体を書き換えて治療する技術を用いています(正確には書き換えではなく、病気の遺伝子と健康な遺伝子が共存した状態で組み込まれます)。少し、複雑になりますが、AAVというウイルスは、人の持つ遺伝子自体には変化をもたらさず、さらに、体内で増殖しないため、安全性は高いので用いられています。しかし、そのような安全性の高い特徴のため、増殖しない神経細胞などでしか十分な遺伝子の数を維持できず、肝臓のような常に増え続ける細胞では効果が長続きしないという問題がありました。このような問題を解決するために、この会社は安全なAAVを用いつつ、人の遺伝子自体に正常な遺伝子を組み込む技術を開発しました。非臨床試験はすでに終了し、第I/II相(生後6ヶ月から12歳を対象)が開始されています(ただし、新型コロナウイルス感染の蔓延のため現在、一時中断されています)。

 

(3) mRNA-3704 (https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03810690)

 米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるベンチャー企業が開発した遺伝子治療薬です。この会社は、新型コロナウイルスのワクチンを同じ方法で生産して供給していることで有名な会社ですが、この遺伝子治療薬もほぼ同じ技術を用いています。具体的には、上記2つの遺伝子治療薬は、AAVという運び屋を用いていますが、この薬は脂質ナノ粒子(LNP)という運び屋を用いています。さらに、運ばれるのはDNAではなく、mRNAを使用しているのが特徴です。mRNAは、細胞内に運ばれるとすぐに酵素を作ることができます。一方で、病気の遺伝子自体が改善されるわけではないので、効果が短いのが難点です。1ヶ月に1回の投与が考えられています(もしかすると2週間に1回、あるいは1週間に1回の投与が必要となるかもしれません)。1歳以上の患者様を対象として第I/II相臨床試験が開始されています(新型コロナウイルスの蔓延で一時中止されています)。

 

(4) 既存薬を用いた治療薬開発

 現在、我々はメチルマロン酸血症やプロピオン酸血症の患者様の病状を改善する可能性のある薬(すでに市販されている薬)のスクリーニングを行っています。その結果、いくつかの薬が患者様の病状を改善する可能性があることがわかりました。その一つが、カルグルミン酸です。すでにこの病気の高アンモニア血症については保険適応がありますが、実際には高アンモニア血症が落ち着いた後に長く使用すると、一部の患者様で効果がある可能性が報告されています。熊本大学の城戸らが報告した症例報告でも、長期使用で肝臓移植後の経過と似たような安定した経過をたどっている患者様の報告がなされており(文献4)、スペイン、イタリア、フランス、イギリス、中国からも同様の報告がなされています。しかし、どのような患者様にどのくらいの量を投与すれば良いのか、などの具体的な指針が確立されておらず、現在、英国のYap教授を中心として国際共同臨床研究が行われています。

 さらに、治療で問題になるのは病気の本体がはっきりしていない点が多いことです。はっきりと理由がわかっていない症状(難治性嘔吐、下痢、神経症状など)が多くあり、病態が十分把握されていません。私どもは病態解析を行い、いくつかの重要な病態を発見しています。特に慢性炎症とミトコンドリア機能の低下は心臓や腎臓の長期的な合併症に関与しており、これらの予防が重要である可能性が考えられています。今後、遺伝子治療が実際に使用されれば、このような全身性の問題は解決される可能性が高いのですが、正しい病態の把握はその後の治療にも関わってくるため、この後も病態の解析は継続していく予定です。

 

6.あとがき

 専門家も少なく、治療法も少ないため、心細くなられることも多いかと思います。しかし、少ない専門家ですが、代謝診療に当たる医師は難病の患者様の治療が常によくなるように、国内外を問わず水面下で常に協力し、少しでも患者様の治療が前に進むようにと願っています。まずは、主治医の先生を信頼していただき、食事制限を含む基本的な治療をしっかりとして、少しでも合併症が少ない状態で新しい治療薬が使用できる状態に体調を維持することも重要であろうと考えています。新型コロナウイルスの影響もあり、ご家族には大変な毎日かと思いますが、希望を持って歩んでいただければと願っています。

 
 

 

参考文献

1) Fujisawa D, Nakamura K, Mitsubuchi H, Shigematsu Y, Yorifuji T, Kasahara M, Horikawa R, Endo F., Clinical features and management of organic acidemias in Japan. J Hum Genet. 2013 Dec;58(12):769-74.

2) Sakamoto R, Nakamura K, Kido J, Matsumoto S, Mitsubuchi H, Inomata H, Endo F. Improvement in the prognosis and development of patients with methylmalonic acidemia after living donor liver transplant. Pediatric Transplantation 2016; 20: 1081–1086.

3) Yap S, Vara R, Morais A., Post-transplantation Outcomes in Patients with PA or MMA: A Review of the Literature. Adv Ther 2020 37:1866–1896.

4) Kido J, Matsumoto S, Nakamura K., Carglumic Acid Contributes to a Favorable Clinical Course in a Case of Severe Propionic Acidemia. Case Reports in Pediatrics.Volume 2020, Article ID 4709548.

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.51(松本先生ほか)