ミトコンドリア病の診断と治療
埼玉医科大学 小児科
大竹 明
はじめに
ミトコンドリアはほとんど全ての細胞に存在する細胞内小器官で、その最大の役割はエネルギー(ATP)を作ることです。これに関わるのがミトコンドリア呼吸鎖複合体と呼ばれる一連の酵素群(図1)で、ミトコンドリア病はミトコンドリア呼吸鎖複合体異常症(mitochondrial respiratory chain disorder:MRCD)とほぼ同義と考えることができます。ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気を総称しミトコンドリア病と呼び、病気の中心がどこであるかにより「ミトコンドリア脳筋症」(リー脳症やMELASはその亜型)・「ミトコンドリア肝症」・「ミトコンドリア心筋症」などに分けられますが、全てのミトコンドリア病で全身の症状が発現する危険があります。一次的・遺伝的病因で発症する病気を狭義のミトコンドリア病と呼びますが、ミトコンドリアに発現するタンパク質のうちミトコンドリア遺伝子の働きで作られるものは13種類のみで、大部分は核遺伝子の働きで作られます。従ってその遺伝形式は昔から言われているミトコンドリア遺伝(母系遺伝)以外の常染色体性、X染色体性の方が多いのです。
図1.ミトコンドリア呼吸鎖複合体異常症(mitochondrial respiratory chain disorders; MRCD)としてのミトコンドリア病
ミトコンドリア病の症状
ミトコンドリアはほぼ全身の細胞に存在していますので、ミトコンドリア病の症状は全身に現れます。そのため1人の患者さんが一つの臓器由来では説明のつかない症状・所見を持っている時は、いつでもミトコンドリア病を疑う必要があります。
ミトコンドリア病の症状の多くはエネルギー産生不足に起因するものですので、エネルギーを大量に必要とする臓器に症状が現れやすく、特に幼小児期には、①脳筋症状に加えて、②消化器・肝症状、③心筋症状が3大症状とされます1),2)。従来から言われている‘ミトコンドリア脳筋症’は比較的軽症のミトコンドリア病に属し、年長・成人発症例に多い病型です。
ミトコンドリア病の診断
ミトコンドリア病を正確に診断するためには、難治性の高乳酸血症があったり、一つの臓器由来では説明のつかない症状・所見を持っていたりする時に、まずはその存在を疑うことが大切であることは述べました。しかし、残念ながら現在のところ簡単で確実に診断できる方法はないので、図2に示すような複数の方法を組み合わせて診断に迫ることが大切です。呼吸鎖酵素の活性や量・サイズの測定に加え、最近はスクリーニング方法として酸素消費速度の測定も行われるようになりました。詳しくは主治医または、専門医に確認して下さい。
図2.ミトコンドリア病の診断、病態解析から治療へ
ミトコンドリア病の疑われた症例については、ミトコンドリアまたは核の病因遺伝子診断が大切になります。図2に私達の進めている病因解析の模式図を示します3), 4)。ミトコンドリア病と臨床診断のついた症例に対しては、まずミトコンドリア遺伝子異常を含む既知の遺伝子異常を検索するためのキャプチャーシーケンス解析を行い、そこで病因の同定できない症例について全エキソーム、あるいは全ゲノム解析を行うことにしております。
ミトコンドリア病への新しい治療法
ここでは紙面の関係で5-アミノレブリン酸(5-ALA)+クエン酸第一鉄(SFC)治療のみ紹介します(図3)。作戦はALA/SFCを投与することでATP生産を強化するというものです。ALAはもともと生体が持っている化合物ですのでスムーズに細胞質に取り込まれるのが強みで、ALAからつくられるヘムは呼吸鎖の構成成分です。つまり、ALA/SFC投与はミトコンドリア呼吸鎖の活性を高める根本的治療法になりうると考えられます。さらにヘムが分解されると活性酸素除去の機能を持つビリルビンができ、これが治療効果を後押しすることも期待されています。
臨床試験のうち実用化に向けた治験は製薬会社が主導するのが一般的ですが、ミトコンドリア病などの希少難病ではビジネスとして成立しにくいため、開発経費が優遇された医師主導治験が行われています。今回は大竹の主導する全国的な小児科医のネットワークによる医師主導治験で、一昨年末からスタートしています。
図3.5-アミノレブリン酸(5-ALA)+クエン酸第一鉄(SFC)治療の原理
終わりに
ミトコンドリア病は、現在のところ確かに根本治療法のない希少難病です。しかし診断・治療法共に日進月歩で進んでおり、筆者にとっては、新しい診断方法を駆使して病因診断にまでたどりつき、それらの情報を集積して新規治療薬の開発まで持って行くのが夢です。そのためには一人でも多くの患者さんにJaSMInにご登録いただくことが大切になります。どうぞ一人でも多くの方々のご協力をお願いいたします。
参考文献
1) Scaglia F, Towbin JA, Craigen WJ, et al.: Clinical spectrum, morbidity, and mortality in 113 pediatric patients with mitochondrial disease. Pediatrics, 114, 925-931, 2004.
2) Gibson K, Halliday JL, Kirby DM, et al.: Mitochondrial oxidative phosphorylation disorders presenting in neonates: clinical manifestations and enzymatic and molecular diagnoses. Pediatrics, 122, 1003-1008, 2008.
3) Ohtake A, Murayama K, Mori M, et al.: Diagnosis and molecular basis of mitochondrial respiratory chain disorders: exome sequencing for disease gene identification. Biochim Biophys Acta 1840, 1355-1359, 2014.
4) Kohda M, Tokuzawa Y, Ohtake A, et al.: Comprehensive Genomic Analysis Reveals the Genetic Landscape of Mitochondrial Respiratory Chain Complex Deficiencies. PLoS Genet 12, e1005679, 2016.
全文PDFは以下からダウンロードできます。