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JaSMIn通信特別記事No.68

作成日:2022.10.04

遺伝子治療における遺伝カウンセリング

 

東京慈恵会医科大学附属病院 遺伝診療部

原田 佳奈(認定遺伝カウンセラー®

 

1.はじめに

 近年、遺伝子治療の研究は着実に進歩しており、これまで有効な治療法が存在しなかった疾患に対する新たな治療法として、遺伝子治療の開発が世界中で進められています。すでにいくつかの疾患では、遺伝子治療が実際の医療の場で行われており、わが国ではがんや遺伝性疾患などの疾患に対して現在8剤の遺伝子治療薬が保険適用となっています1)。2020年にはわが国で初めて遺伝性疾患に対する遺伝子治療薬として、脊髄性筋萎縮症に対するオナセムノゲンアベパルボベク(ゾルゲンスマ®)が保険適用となりました。

 そう遠くない未来には、遺伝性疾患に対する遺伝子治療の適応が増え、新たな治療のオプションとして遺伝子治療薬が提示されるようになるかもしれません。そんな未来を想像しながら、本稿では「遺伝子治療における遺伝カウンセリング」というテーマでお話させていただき、一緒に考えていきたいと思います。

 

2.遺伝子治療とは、遺伝カウンセリングとは

 遺伝子治療とは、外から新たな遺伝子を細胞の中に導入し、働かなくなった細胞を助けたり新たな機能を加えたりすることで疾患の治療や予防を行う先端医療です 2)。遺伝子治療のしくみや日本での開発状況、現状の適応疾患などについては、大橋十也先生(特別記事No.9)、小林博司先生(特別記事No.43)、村松慎一先生(特別記事No.58)の記事でわかりやすく解説されていますので、ぜひお読みいただければと思います。

 遺伝カウンセリングでは、遺伝に関するご相談に来られた方との対話を通じて、遺伝子や染色体が関わる疾患や体質についての悩みや困りごとを把握し、情報提供や心理社会的支援によって、ご自身の価値観や人生設計に合わせた意思決定や、さらにはそれぞれの方の置かれた状況とうまくつきあっていくことができるようにサポートを行っていきます。遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー®、さまざまなスタッフが連携し、チームで対応します。

 遺伝カウンセリングについては、以前にも記事の執筆を担当させていただきました(特別記事No.35)。また、認定遺伝カウンセラー®の秋山奈々さん(特別記事No.59)も詳しく紹介されています。ご参考にしていただければ幸いです。

 

 

3.遺伝子治療と遺伝カウンセリングの関わり

 遺伝子治療に関連する医療の中で、どのようなタイミングで遺伝カウンセリングを利用していただけるかを以下に挙げてみます。

 

(1) 遺伝性疾患の診断

 まず想定されるのが、遺伝性疾患の診断を目的として原因遺伝子の検査を行う場合です。遺伝カウンセリングでは、遺伝のしくみ、それぞれの病気の症状や治療法・対処法、診断を受けることの意義、遺伝子の検査における診断率や診断の限界、診断が確定した場合に利用できる福祉サービスや患者会・家族会の情報などについて、詳しくお伝えしていきます。遺伝子の検査の前には、どのような結果が予想されるか、その結果に応じてどのような対応法があるか、患者さんやご家族がどのような気持ちになるか、などについて、十分に考える時間を持ちます。診断がついたとしても、検査の結果によっては遺伝子治療の適応が認められない場合もあり、このように起こりうる状況を事前に想像し、患者さんとご家族が受け容れるための準備をするプロセスは大切です。

 もちろん情報提供だけでなく、診断にあたっての率直なお気持ちもお話いただけます。原因を知ることへの思い、「遺伝」とわかることへの思い、家族に対する思いなど、さまざまな思いが心に渦巻いておられる方は少なくなく、ひとつひとつを丁寧にうかがっていきます。

 

(2) 遺伝子治療について情報を整理したいとき

 遺伝子治療を実施する診療科と連携しながら、遺伝カウンセリングの場で情報の整理を行うことが可能です。遺伝子治療に関する情報は医学的な専門性が高く、ときに理解が難しいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。遺伝子治療を受けるかどうかについて、患者さんとご家族が納得した決定をするためには、必要な情報を得て十分に理解することが不可欠です。

 遺伝カウンセリングでは、相談に来られた方の知識や理解度に合わせて、ときに図やイラストなどを用いた説明補助ツールを活用しながら、遺伝子治療のしくみや効果、予想される副作用などについて正確で最新の情報を提供するサポートを行います。

 

(3) 遺伝子治療を受けた患者さんへのフォローアップ

 特に小児期に発症する遺伝性疾患においては、疾患のあるお子さんご本人に対して、疾患そのものの情報をどのように共有するか、ということが課題になることがあります。疾患の情報を適切に伝えることは、ご本人がよりよく自分の体質を理解し、主体的に健康管理を行えるようにするためにも非常に大切です。しかしながら、話を切り出すタイミングや伝えるべき内容、伝え方に悩むこともあるのではないでしょうか。“疾患のことを聞いたら子どもに不安やショックを与えてしまうのではないか”と、伝えること自体にためらいを感じる親御さんもいるかもしれません。

 遺伝カウンセリングでは、「いつ・どのように」本人に疾患や治療の情報を伝えるか、ということに関するご相談も可能です。ご本人やご家族の状況に応じて、私たちと一緒にベストな方法を考えていきましょう。ご本人が、疾患を有することや遺伝子の変化をもつことを理解し、その事実を受け止める過程を支えるために、また、ライフステージに沿った遺伝に関する疑問や悩み、相談ごとが生じた場合にはいつでも、遺伝カウンセリングを利用していただけます。

 

4.おわりに

 ここまで、遺伝子治療の実用化の時代における遺伝カウンセリングについて考えてみました。こちらに記載したご相談内容は、ほんの一例です。「遺伝」や「遺伝性疾患」に関して話を聞いてみたい、相談したいと思ったときには、遺伝カウンセリングの存在を思い出していただき、ぜひご利用いただけると幸いです。

 

 全国遺伝子医療部門連絡会議ホームページでは、遺伝カウンセリングを実施している医療機関を検索することができます(2022年9月14日現在、142施設)。このホームページに掲載されていない施設でも、遺伝カウンセリングに対応していることがあります。かかりつけの医療機関がある方は、まずそちらでご相談ください。

 

 

参考

1) 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部:“承認された遺伝子治療製品(2022年9月時点)”.

https://www.nihs.go.jp/mtgt/pdf/section1-1.pdf

(2022年9月6日参照)

2) 国立成育医療研究センター 遺伝子細胞治療推進センター:“わかる遺伝子細胞治療”

https://www.ncchd.go.jp/center/activity/gcp_center/wakaru_gct.pdf

(2022年9月21日参照)

 

全文PDFは以下よりダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.68(原田先生)