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研究状況

JaSMIn通信特別記事No.8

ミトコンドリア病の診療・研究基盤構築

~小児レジストリシステム(MO Bank)の発展~

千葉県こども病院・代謝科
村山 圭


はじめに

 ミトコンドリア病は、5000~7500人に1人の頻度で起こるエネルギーの代謝異常症であり、その病態や原因となる遺伝子は極めて多様です。私は2014年度から3年間、厚生労働省及び日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業において「ミトコンドリア病診療の質を高める、レジストリシステムの構築、診断基準・診療ガイドラインの策定および診断システムの整備を行う臨床研究」の研究代表者として、ミトコンドリア病の研究・診療基盤形成を行ってきました。この研究は以下の3つの柱から成り立つものです。

1.ミトコンドリア病診療マニュアルの策定
2.小児レジストリシステム(登録制度)の構築
3.特殊診断システムの確立

 特にこのJaSMIn事業と関係が深いのが、後述する小児レジストリシステムの構築になります。以下にこれら3つについて説明していきたいと思います。ミトコンドリア病の疾患自体の説明につきましては、JaSMIn通信特別記事No.2(埼玉医大小児科/大竹明先生)「ミトコンドリア病の診断と治療」をお読みください。


1.ミトコンドリア
病診療マニュアル2017の策定

 この診療マニュアルは総論として、病気の概念から始まり、臨床症状、診断方法、全般的な治療法、栄養法、日常生活、遺伝カウンセリング、麻酔と鎮静、移行期医療問題といった項目から成りたっています。特にミトコンドリア病の患者さんに対する「麻酔と鎮静」は、実際の臨床現場でしばしば悩まれていた分野だと思いますが、現時点での最新の知識がわかります。各論として次の7つの病型を取り上げています。1)MELAS、2)MERRF、3)CPEO/KSS、4)Leigh脳症、5)肝症、6)心筋症、7)新生児ミトコンドリア病(先天性高乳酸血症)
 これら7つの病型を網羅した診療指針が、2016年12月に「ミトコンドリア病診療マニュアル2017(診断と治療社)」という形で刊行することができました1)。中でもミトコンドリア肝症に関しては、日本小児栄養消化器肝臓学会による同学会ガイドライン委員会の規定に則った策定(編集委員の選定や委員会による査読など)を行い、同学会の「ガイドライン」として承認されました。
 これまで我が国では、こうしたミトコンドリア病の診療指針がなく、診断や治療に関して専門医が不在な地域では十分に受けられないこともありましたが、本書によって大きく医療の均質化が図れることが期待されます。


2.小児レジストリシステム(登録制度)の構築

2.1 MO Bankの構築

 ミトコンドリア病のレジストリはもともとJaSMIn事業の一部として始まりました。各病型の状況把握や新しい治療との連携など、より機動力を持たせるためにJaSMIn事業から引き継いでいく形で『MO Bank(Mitochondrial disease research Organization data Bank/新生児・小児ミトコンドリア病臨床情報バンク)』(Murayama-Ohtake Bankではありません)として独立させて登録を進めることになりました。今後5-ALAやMA-5などの新しい臨床試験が進んでいくことが予想されますが、レジストリシステムは、これらの臨床試験と患者さんをしっかりと結びつけていく役割を果たしますので、一人でも多くの患者さんのご登録をお願いしたいと思います。
 一方で、原因となる遺伝子によっては、治療の余地が少ないとても重篤なミトコンドリア病も存在します。それらの情報もしっかりと蓄積し、病態解明や将来的な新しい治療へとつなげていくこともまた登録事業として非常に重要なことです。
 MO Bankのシステムは、各臨床病型に応じて作成してある登録シートに、患者さんやご家族自らが主治医と協力しながら記載いただき、ご自分で登録を行っていただく形を取っています。

図2.MO Bankホームページ(http://mo-bank.com)2015年3月25日開設

 さらに、患者主体で生活歴、通院歴・治療歴などを登録でき、QOL(生活の質)の調査などができる患者情報プラットフォーム「J-RARE」 ( https://j-rare.net/ ) とも連携して医療者側と患者さん側の両方向で登録を進めています。


2.2 国内レジストリから世界のレジストリ(Global Mito Registry)へ

 ミトコンドリア病の病型は数え切れません。既に判明している病気の原因となる遺伝子も280種類を越えています。すなわち、一人一人の患者さんが極めて稀少であることになります。これはもう日本国内では解決することは難しく、しっかりと国際連携して病態解明や治療開発を行うことが必要です。
 先日ドイツ・ケルンで開かれた欧州ミトコンドリア学会(Euromit2017)において,レジストリの国際化を進めていく話し合いを行いました。各国の医療環境や人種構成などは異なりますが、その中で患者さんの症状や酵素欠損、遺伝子異常など共有できる部分はしっかりと共有して治療や病態の解明につなげていこうというものです。その共通部分を築く方法について話し合いの多くの部分を費やしましたが、今のところHPO(Human Phenotype Ontology:ヒト疾患に関する症状について体系的に整備された概念体系)という世界共通言語システムを使って行こうとしています。現在、MO Bankの登録シートの英語版を早急に作成して、こうした動きに日本も対応しているところです。

写真;Global Mito Registry準備会議(2017.6 ミュンヘン)


3.診療の質の均質化を目指した特殊診断システムの確立

 ミトコンドリア病の正確な診断のためには、酵素活性などの生化学検査、遺伝子検査、病理検査などのいろいろな特殊診断を結びつけることが重要です。筋病理だけで診断がつかない場合、それで検索が終わってしまうことはあってはなりません。いつでも日本中どこでもこうした検査を受けられるようにすることが大切です。実際にどの施設で何を行っているのかを、日本ミトコンドリア学会やMO Bankのホームページ上に掲載し、さらに「ミトコンドリア病診療マニュアル2017」の中にも記載しました。
 一方で、こうした検査は依然として研究費や各施設の個々の努力に頼らないとできない部分もあり、今後は全国的に均一なシステムにするためにも、保険収載が可能になるような取り組みも必要です。
 少し細かい話になりますが、生化学検査に関しては、千葉県こども病院でミトコンドリア呼吸鎖酵素活性に加えて、酸素消費量の測定を開始しました(検体は皮膚線維芽細胞)。さらに迅速な遺伝子診断を目指して遺伝子パネルの開発を行いました。既に世界で判明しているミトコンドリア病の遺伝子を網羅し、一度の検査で調べるシステムです。当初147種類の遺伝子でスタートしましたが、2016年度には核とミトコンドリア両方を含む264種類の遺伝子を組み込んだ検査法を確立しました。特に、原因遺伝子がある程度明らかになってきているLeigh脳症や肝症は、最適な対象になると考えています。

図3.特殊診断システムの流れ


3.1 新しい遺伝子の発見と治療法の発見(Exomes go Therapy)

 遺伝子診断までなされると、治療法が見えてくる場合があります。村山班ではミトコンドリア病を引き起こす新しい遺伝子を7種類報告しています2)。詳細は割愛しますが、例えばIARS異常症は、日本、ドイツ、オーストリアの3症例とも亜鉛欠乏が認められ、亜鉛投与で症状が緩和されることを報告しています3)。また、ECHS1遺伝子異常は日本人のLeigh脳症で比較的多いことがこの3年で判ってきました4,5)。この遺伝子はバリン代謝の異常を伴うことが判っており、バリン制限などの治療が模索されているところです。
 遺伝子検査をしっかり受け、原因がはっきりすることで特異的な治療法が見つかる場合があります。原因遺伝子に合わせた治療の取り組みを表1に示します6)。遺伝子検査を含めた特殊検査の重要性がわかると思います。

表1.海外におけるミトコンドリア病の原因遺伝子に合わせた特異的治療の取り組み


4.ミトコンドリア病の克服に向けた社会的取り組み ~JAMP-MITの設立~

 これまで私の研究班における3つの柱の取り組みを紹介しました。こうした基盤整備だけで果たして十分でしょうか?機械をスムーズに動かすには潤滑油が必要なように、こうした基盤を動かして実際の日常診療をスムーズに行うには、同じように潤滑油のようなものが必要です。たとえば、以下のようなものは研究費や現在の診療報酬では対応できません。

1) レジストリの啓蒙活動、恒久的な維持・発展活動
2) 継続可能な検査態勢の整備や、緊急を要する遺伝子検査に対するサポート
3) ミトコンドリア病専門の若手医師の育成活動
4) 出生前診断の検査費用のサポート
5) 患者公開フォーラムなどの疾患・研究啓蒙活動など

 こうしたことに対応すべく、2016年にNPO法人ミトコンドリア病医療推進機構(The Japanese Association for Medical Promotion of Mitochondrial Disease:通称JAMP-MIT)を設立しました。理事長には先天代謝異常症の診療・研究に長年にわたり携わり、各患者会とも深く関わってきた元・千葉県こども病院副病院長の高柳正樹先生が就任し、積極的な活動を展開しています。ホームページ(http://jamp-mit.org/)も立ち上がり、6月に「機関誌JAMP-MIT」を創刊しています。是非ホームページにお立ち寄りください。あわせて皆様の積極的なご参加・ご入会を心よりお待ちしております。


終わりにあたり

 ミトコンドリア病の診療・研究は国内・国外ともこの数年間でめまぐるしく変わりました。このダイナミックな動きに日本もしっかりと対応すべく、引き続き邁進していこうと思います。それによって、ミトコンドリア病の患者さんやご家族の皆様の人生が、少しでも豊かなものになっていくことを心から願ってやみません。

参考文献
1. 村山 圭、小坂 仁、米田 誠ほか、ミトコンドリア病診療マニュアル2017、日本ミトコンドリア学会編集、診断と治療社、2016
2. Kohda M, Murayama K, Ohtake A, Okazaki Y, et al. A Comprehensive Genomic Analysis Reveals the Genetic Landscape of Mitochondrial Respiratory Chain Complex Deficiencies. PLoS Genet. 2016 Jan 7;12(1):e1005679.
3. Kopajtich R, Murayama K, Okazaki Y, Ohtake A, et al. Biallelic IARS Mutations Cause Growth Retardation with Prenatal Onset, Intellectual Disability, Muscular Hypotonia, and Infantile Hepatopathy. Am J Hum Genet.2016 Aug 4;99(2):414-22.
4. Haack TB, Jackson CB, Murayama K, Ohtake A, Okazaki Y, et al. Deficiency of ECHS1 causes mitochondrial encephalopathy with cardiac involvement. Ann Clin Transl Neurol. 2015 2(5):492-509.
5. Ogawa E, Shimura M, Ohtake A, Murayama K, et al. J Inherit Metab Dis. 2017 Apr 20. doi: 10.1007/s10545-017-0042-6.
6. Distelmaier F, Haack TB, Wortmann SB, Mayr JA, Prokisch H. Treatable mitochondrial diseases: cofactor metabolism and beyond. Brain. 2017 Feb;140(Pt 2):e11. doi: 10.1093/brain/aww303. Epub 2016 Dec 19.

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